お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「お兄様、お呼びでしょうか?」
 アイリーンが訪ねていくと、すぐにカトリーヌが席を外した。
「その、お前が手配したという船は、いつ頃出向できそうなのかを知りたくてな・・・・・・」
 ウィリアムの問いは、アイリーンの問いでもあった。
「そろそろ、約束ではエクソシアから戻る頃です。積み荷をすべて補給の品にして、途中一回エクソシアで補給をするだけで、パレマキリアに寄港することなくデロスへ直行すると聞いています」
 アイリーンが答えると、ウィリアムが鋭い視線をアイリーンに向けた。
「その男は、本当に信頼に足る男なのか?」
「もちろんです。なぜ、そのようなことを?」
 アイリーンは唖然として、兄を見つめた。
「私も、こうして松葉杖を突きながらであれば動ける体になった。もし、当てにしている船が間に合わないのであれば、叔父上に船の用意をお願いしなくてはならないと思ってのことだ」
 ウィリアムの言葉は、あの日以来、冷たく厳しかった。
「大丈夫です。とても信頼のおける方ですから。お兄様は、お体を治すことに今は専念なさってくださいませ」
 アイリーンは言いながら、どうして世の中はこんなにも不公平なのだろうと思った。
 兄は男だから、王太子であっても、甲斐甲斐しく世話をしてくれるカトリーヌと過ちを犯しても、それは過ちで済んでしまうのに、女の自分が恋焦がれて添い遂げたいと思ったほどの相手と口付けを交わしただけで、結婚前の娘がふしだらな事をしていたとレッテルを貼られるなんて酷すぎると、考えるだけで瞳がうるんでくるのをアイリーンは止められなかった。
 それでも、口付けをした相手が婚約者のフレドだったなら、兄は怒りもしなかっただろうと思うと、間違っているのは自分の方で、本当は自分がひどくふしだらな娘なのではないかという、何もかも取り返しがつかなくなってしまったような気がしてくるのだった。

 国に戻れば、すぐに好きでもないダリウス王子にアイリーンは嫁がなくてはならない。約束は約束。どんな卑怯な相手であろうとも、約束をしてしまった以上、反故にはできない。そしてアイリーンの一番の懸念は、あのダリウス王子が初夜まで閨を共にすることを待ってくれるとは思えないことだった。きっと、デロスを離れパレマキリア領に入ったら、直ぐにでもダリウス王子は約束の履行を求めるに違いない。デロスが六ヶ国同盟に泣きつき、二人の結婚の話を白紙撤回させようとしても、既成事実があれば、傷物になった姫を返せとデロスも強くは出られなくなる。そう考えるだけでアイリーンは食欲がなくなり、最近ではタリアレーナの習慣に慣れましたと言って叔母のキャスリーンをごまかしているが、実は一日一食もろくに食べない日々を過ごしていたが、王太子である兄の世話で叔母のキャスリーンも手一杯で、アイリーンに迄気がまわらないようで、アイリーンは痩せ細っていく一方だった。

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