お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「そなたもわかっていると思うが、普通の客船ではタリアレーナからデロスまでは三ヶ月はかかる。父上のお体のこともあるし、私の命を狙ってきたパレマキリアの動きが心配だ。私を取り逃がしたことで、父上のお命を狙うような事に発展しては大変だ。だから私は、一刻も早く帰国したいと思っている」
 元気になったウィリアムの声は、王太子らしい響きと威厳を持っていた。
「わかっております。明日にでも、港に行って船の入港予定を聞いてまいります」
 アイリーンは言うと、大海の北斗七星号の皆のことを思い出した。
「わざわざ目立つお前が行く必要はない。コパルか侯爵家の使用人に任せればいい」
 ウィリアムの言葉に、アイリーンは逆らわず『そのようにいたします』と答えた。
「実は、さっきカトリーヌにデロスに来ないかと話したのだが、私の世話をする間に、どこかで新しく借金をしたようで、それを返さなくては国を離れられないというのだ。本当に申し訳ないことをした。私のために早朝から働き、食うや食わずなのに、必死に私の世話をしてくれた。この恩を返さないままには、タリアレーナを離れるわけには行かない」
 カトリーヌのことは愛していないという割に、恩義があるからか、ウィリアムの言葉はとても優しく感情的だった。
「それでしたら、私が叔母様にお願いし、侯爵家で用立てていて出くように致します」
 アイリーンが申し出たのは、カトリーヌの様子から、カトリーヌとの間に過ちがあったことを叔母のキャスリーンが察しているので、兄は自分から叔母のキャスリーンにカトリーヌのことを頼みにくいのだと、察していたからだった。
 いくらウィリアムが王太子とはいえ、やはり叔母は叔母で、母に面差しの似た叔母のキャスリーンに素行を諫められるのは、ウィリアムにとってもやりにくいことで、ましてや、結婚するつもりもない女性と関係を持ってしまったことや、その女性のためにお金が必要だという話は、女性関係をお金で生産しようとしているのではという誤解を招く可能性があるからでもあった。
「そうしてくれるとありがたい。頼むぞ、アイリ」
「かしこまりました」
 アイリーンが答えると、二人の間に冷たい沈黙が訪れた。
「もし、他に御用がないようならば、私は、これで失礼いたします」
 アイリーンの言葉に、ウィリアムはアイリーンを呼び止めることなく、アイリーンは兄の部屋を出て自分の部屋へと戻った。

☆☆☆

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