お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 安宿のベッドに横になりながら、カルヴァドスはアイリーンのことを考えていた。なぜ、あんなにも顔色が悪くやつれているのか。本当なら、そばについて看病をして、眠るアイリーンの隣で手を握っていたかった。
 船酔いで食事ができず、真っ青な顔をしていた時でさえ、アイリーンの瞳の奥には輝く光があった。それは、行方不明の兄を探して連れ戻すという使命があったからかもしれない。
 今のアイリーンには、兄を連れて国に帰れば、望まぬ結婚が待っているだけの、夢も希望もない状態だ。それでも、愛する兄が日々元気になっていく姿を見ながら、あれほどの翳りを帯びているなんて、カルヴァドスにはどうしても理解できなかった。


 翌日、カルヴァドスはアンドレに言いつけ、オスカーと数人の若いクルーを連れて侯爵邸の裏門近くまで行き、アイリーンが姿を見せるのを待つことにした。

☆☆☆

 使用人が使う裏口の扉から出ると、晴れ渡る空を見上げ、アイリーンはバラ園へと向かった。
 甘く深い香りをかぎながら、アイリーンは自由に空を飛んでいく鳥になりたいと思った。どうせ結ばれることがないのなら、鳥になってカルヴァドスのそばにいたいと。
 今にもアイリーンの瞳から涙がこぼれそうになった時、バラの花の向こうに見慣れたオレンジ色の髪が見えたような気がした。

「姫さん」
 懐かしいカルヴァドスの声に、弾かれたようにアイリーンは顔を上げた。いつもの船乗り姿なのに、カルヴァドスはどこか前と雰囲気が違っていた。
 愛しさと懐かしさで、アイリーンは涙が溢れるのを止められなかった。
「姫さん、約束を果たしにきたぜ!」
 カルヴァドスの言葉に、アイリーンはバラの花を手に持ったまま頷いた。
「お父様とは?」
「まあ、なんとか仲直りした。無理難題は言われたけどな・・・・・・」
 カルヴァドスは、父がアイリーンを後宮に入れようとしていることを隠し通すことに決めていたので、皇帝陛下の話は一切しないと心に決めていた。
「姫さん、船にアンドレとドクターを残しておくって約束したけど、アンドレは俺と一緒に戻らないといけなくなったんだ。でも、ドクターは居るから安心してくれていい。ちょっと頼りないけど、オスカーも居るからな」
 カルヴァドスは言うと優しく微笑みかけた。その笑顔は上品で、以前のようなワイルドさはなかった。
「ありがとうごさいます」
 お礼を言いながらアイリーンは、目の前にいるのは船乗りのカルヴァドスではなく、エクソシアの公爵なのだと理解した。
「そう言えば、姫さんの探し人は見つかったのか?」
 元気のないアイリーンに、カルヴァドスはあえて尋ねた。
「はい。無事に再会することが出来ました」
 それ以上はカルヴァドスに話せないので、アイリーンは俯いた。
「俺さ、姫さんの寝言聞いて、もしかしてって思ってたんだ・・・・・・。もしかして、姫さんが探してたのは、生き別れのお兄さんだったんだろ?」
 カルヴァドスの言葉にアイリーンはドキリとした。
「俺みたいに、跡取りが家出してたら、貴族の家は大変だよな。でも、見つかって良かったな。これで、国のご両親も安心されるよな・・・・・・」
 カルヴァドスは、デロス王妃が若くして他界したことを知っていたが、敢えてご両親という言葉を選んだ。ここで片親だと知っているとなると、更に話しがややこしくなる可能性があるからだ。
「はい。父も喜ぶと思います。私がパレマキリアに嫁ぐことを兄は知らないので、兄は私が婿をとれば良いと考えている節があったので、連れ戻してくると父に約束したのです。さすがカルヴァドスさんですね。なんでもお見通しなんですね・・・・・・」
 アイリーンは適当な嘘をついた。もう、嘘をつきすぎて、どれが本当なのか自分でも分からなくなってきていた。
「それなら、最初からそう言ってくれれば良かったのに。恋人だと思っていたから、俺はずっと、これでも妬きもち妬いてたんだぜ」
 カルヴァドスがアイリーンの笑いを誘うように言った。
「嘘ばかりついて、本当に申し訳ありません。こんなに親切にして戴いているのに」
 アイリーンの心からの謝罪だった。
「謝らなくて良いよ。姫さんの言葉なら、どんな嘘だって、俺は信じるから」
 カルヴァドスの中でアイリーンへの思いが高まっていった。
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