お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「カルヴァドスさん」
 アイリーンの中で愛しさが溢れていくが、アイリーンは既にすべてに絶望していた。
「きっと、私みたいなのを嘘つきって言うんです。本当は、カルヴァドスさんに、信じてもらえるような人間ではないのです」
「なに言ってるんだよ姫さん。姫さんが嘘つきなら、俺は詐欺師かもしれないぜ」
 カルヴァドスが茶化すように言った。
「いいえ、カルヴァドスさんは誠実な方です。ですから、どうかお国に戻られたら、もう家を飛び出したりなさらずに、お幸せになってください」
 アイリーンの頬を涙が伝って落ちた。
「姫さん・・・・・・」
 今にも目の前のアイリーンが消えてしまいそうに儚く見えて、カルヴァドスはアイリーンを抱きしめたくて仕方ない気持ちを必死に抑えつけた。
「それ、お兄さんのためのバラ?」
 白いバラを摘んでいたアイリーンの手の中のバラをカルヴァドスが見つめた。
「いえ、これは食用で。午後のお茶に入れようと思って・・・・・・」
「そうか。じゃあ俺に、そっちの赤いバラを一輪くれないか?」
 赤いバラは愛の証であるとともに、エクソシアでは勝利の色である。
 アイリーンは手に持っていたバラの花を置き、大ぶりの開きかけのバラを一輪切り取り、ゆっくりとカルヴァドスに歩み寄って手渡した。
 瞬間、カルヴァドスは堪えきれずにアイリーンを抱き締めた。
「カルヴァドスさん、ダメです。ここは人目があります」
 慌てるアイリーンを一瞬ギュッと抱き締め、カルヴァドスは直ぐにアイリーンを自由にした。
「ありがとう、姫さん。これで千人力だよ。姫さんのくれたバラもあるし・・・・・・」
 カルヴァドスは、バラを大切そうにシャツのポケットに刺した。
「必ず姫さんにプロポーズしに行くから。俺をデロスで待っててくれ」
 カルヴァドスは優しく微笑んだ。
 アイリーンは、心からカルヴァドスを待ちたいと思ったが、それはさすがに口に出来なかった。
「姫さん、出航の三日前までにオスカーかドクターに出発の日を知らせてくれ。そうしたら、姫さん達を飛ぶようなスピードで大海の北斗七星号がデロスまで連れて行ってくれる。ドクターが一緒だから、船酔いして具合が悪くなっても心配ないから」
 カルヴァドスはアイリーンに口付けたいという思いを必死でねじ伏せた。
「何もかも、本当にありがとうございます」
「それは、俺のセリフだよ。姫さんに出逢えて良かった。心から愛してる」
 アイリーンは、もう胸が一杯で返事が出来なかった。
「自分の命よりも大切だと思えるくらい、誰かを愛せる日が来るなんて、思ったこと無かった」
 カルヴァドスが呟くように言った。
「それじゃあまるで、カルヴァドスさんが遠くに行ってしまって、二度と逢えないみたいですね」
 アイリーンは戦に行くというカルヴァドスのことが心配になって呟いた。
「国に帰ったら、俺は姫さんの知ってるカルヴァドス・カスケイドスじゃなくなるだけで、別に遠くに行くわけじゃない」
 カルヴァドスは言い切った。
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