お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 離宮の中からは、建物が壊れるのではないかと心配になるほど激しい音が聞こえ、扉の前にアルフレッドが立っていた。
「済まない、アイリ・・・・・・」
 申し訳なさそうに言うアルフレッドの言葉に頷き、アイリーンが扉を開けると、ピタリと中の音が止まって二匹が走り出してきた。
「二人ともどうしたの?」
 問いかけるアイリーンの臭いを二匹がクンクンと嗅いだと思うなり、二匹がアイリーンにタックルした。
「えっ?」
 スカートの裾を押さえられて押されたアイリーンはゴロンと床に転がり、二匹もゴロンと横になるとアイリーンに体をこすりつけた。
「アイリに付いた、奴の臭いが気に入らないんだよ」
 アルフレッドが言うと、一瞬、二匹が『お前もだ』と言わんばかりに動きを止めたが、すぐにアイリーンにすり寄った。
「部屋に戻りましょう」
 アイリーンが言うと、二匹は少し距離を置いて座り、アルフレッドがアイリーンの手を取って立ち上がらせた。
「ありがとう。お兄様の病気が良くないと伝令をくれて。大臣達も、その事を思い出してくれたみたい」
 アイリーンは言うと、二匹の頭を撫でてから自室へ向かって歩き始めた。
「アイリ、どうするつもりなんだ?」
 アルフレッドは心配げに問いかけた。
「分かっているでしょう。小国の姫の立場なんて、長い物に巻かれるだけよ」
 人生を投げ捨てるように言うアイリーンの手を掴むと、アルフレッドはアイリーンを抱きしめた。
「忘れていないか? 僕達は、海の女神の神殿で正式な婚約を交わした婚約者同士だと言うことを・・・・・・」
 アイリーンを心配して言ってくれるアルフレッドの気持ちはアイリーンも嬉しかった。

(・・・・・・・・フレド、あなたがそれを言うの? 私ではなく、ローズを愛しているあなたが?・・・・・・・・)

「僕は、必要ならば、明日にでも挙式を挙げてもかまわないと思っている。さすがに、他の男の妻となったアイリを寄越せとまでは奴も言わないだろう?」

(・・・・・・・・そうやって、国のために、私だけでなく、あなたとローズを犠牲にしたらいいとあなたは言うの? でも、それはできないわ・・・・・・・・)

「そうね。王族の離婚は難しいわ。ましてや、降嫁した私とあなたでは、ほぼ無理。万が一、離婚が成立したとしても、私はもはやデロスの姫ではなく、一貴族の娘。ダリウス殿下が妻に欲しいとは思わないでしょうけれど・・・・・・」
 アイリーンはため息をつきながら言った。
「なぜ、離婚する必要が? 僕達は、婚約しているんだ」
 アルフレッドは納得いかないとでもいうように問いかけた。
「ローズマリーはどうするの?」
 アイリーンの問いに、アルフレッドは驚いたようにアイリーンの事を見つめた。
「アイリ、誤解だ。マリーとは何でもない」
「そうね。あなたはそうかも知れないわ。でも、ローズマリーはあなたの事を愛しているわ」
「アイリ・・・・・・」
 アルフレッドは次の句が継げなかった。
「フレド、あなたやローズが国の犠牲に成る必要はないの。あなたが国のために命を懸ける軍人とは言え、私との婚約を破棄できずに諦めて結婚する必要はないわ」
 アイリーンは寂しそうに言った。
「アイリ、僕はウィリアムに誓ったんだ。君を幸せにすると・・・・・・」
「ダリウス殿下の性格は分かっているつもりよ。このまま、強引に私達の結婚を押し進めれば、殺されるのはあなたよ、フレド。さっきも言ったとおり、一度結婚すれば、離婚は困難。ダリウス殿下が欲しいのは、王位継承権を持つ姫で、私じゃないの。だから、結婚前にあなたを亡き者にしてでも、私の降嫁を止めるに決まっているわ」
「アイリ・・・・・・」
 甘い言葉を囁こうとしたアルフレッドが言葉を飲み込んだ。
「自分の心に素直に成るべきよ」
 アイリーンはアルフレッドに言い聞かせるように言った。
「あ、いや、その・・・・・・。噛みついてるのを止めさせてくれないかな・・・・・・」
「えっ?」
 アイリーンが足元をみると、アイゼンハイムがパクリとアルフレッドの脚を口に咥えていた。
「アイジー、だめよ! 放しなさい!」
 アイリーンの言葉に、アイゼンハイムが仕方なく口を開けてアルフレッドの脚を放した。
「お兄様だって分かって下さるわ。あなたがローズマリーに恋をして、ローズマリーがあなたを愛していると分かれば」
「アイリ、待ってくれ」
 アルフレッドはアイリーンを呼び止めたが、アイリーンは無言で頭を横に振った。
「内大臣をサロンで待たせているの、二人を部屋に戻して置いて」
「いや、それは、無理だと思うが・・・・・・」
 アルフレッドの腕からスルリと抜け出すと、アイリーンはサロンへ向かって歩き始めた。その後を二匹がピッタリと続いた。

☆☆☆

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