お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 ウィリアムをベッドに座らせたカトリーヌが、身の回りの世話をしようとしたところへコパルに連れられてアイリーンがやってきた。
「妹と、二人だけにしてくれ」
 厳しいウィリアムの声に、アイリーンは自分の想い人が兄に知れてしまったことを悟った。
 状況のつかめないカトリーヌとコパルは、ウィリアムの逆鱗に触れないように足早に部屋から出て行った。
「アイリーン、こちらへ!」
 ウィリアムは、いつものように兄としての愛しさを込めた『アイリ』という呼び方をせず、王女であるアイリーンに対する時のように、アイリーンを名前で呼んだ。
 呼ばれたアイリーンは、命じられたままウィリアムの元まで進むと、ウィリアムを見下ろすことがないように床に膝をついた。
「あの男は誰だ? お前を姫と呼び、侯爵家の裏庭でお前を抱き締めた、あの男は何者だ?」
 すべてをウィリアムに見られていたのだと思うと、アイリーンはすぐには返事が出来なかった。どこから何を説明したら兄の怒りを鎮められるのかが、まったくわからなかったからでもあった。
「アイリーン、事もあろうに、お前は行きずりの、仮初の恋人に過ぎない男に、その尊い素性を明かしたのか? 恥を知れ!」
 未だに怪我した腕が上手く動かないウィリアムは、アイリーンを押さえつけられないので腕を引いてアイリーンを立ち上がらせると、力任せにベッドの上に投げ出すようにして押し倒すと、馬乗りに近い状態で抑えつけた。
「違います。お兄さま、心配なさらないでください」
 アイリーンは言うと、ウィリアムの腕を解こうとしたが、しっかりと握られた手に込められた力は強く、骨が折れるのではないかと思うくらい強かった。
「あの男は何者だ?」
 ウィリアムはアイリーンの言葉に耳を貸さず問いかけた。
「もう、二度と逢うことのない方です」
 アイリーンはカルヴァドスの正体を明かさずに済ませたくて、すぐには答えなかった。
「兄の私に言えないような男なのか?」
「それは・・・・・・」
 答えてしまえば楽なのはアイリーンにも分かっていたが、逆にエクソシアの公爵だと知られることで、カルヴァドスに咎が及ぶことをアイリーンは恐れていた。
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