お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「そのような卑しい下賤の男に、お前はその尊い唇を許したのか?」
 まるでアイリーンの人格を否定するかのようなウィリアムの言葉に、アイリーンは仕方なく本当のことを答えた。
「あの方は、エクソシアの公爵です」
 しかし、ウィリアムの目には疑いの色がありありと現れていた。
「あのネジの抜けたような、バカみたいなド派手な頭をした男がか? お前は、あの男がエクソシアの公爵だというのを信じたのか? いつからそなたは、そんな戯言に騙されるような間抜けで尻軽な女になったのだ?」
 ウィリアムはアイリーンの言葉が信じられないといった様子で暴言を言い放った。
「あれは世を忍ぶ仮の姿。お兄様や私と同じ、お忍びの姿なのです」
 アイリーンの説明を聞いても、ウィリアムの怒りは静まらず、信じられないとばかりに頭を横に振った。
「そなたは王宮と神殿しか知らない世間知らずだ。姫巫女として、人を疑うことをしないから・・・・・・。本当のところは、あの男に騙されているのでは無いのか?」
 ウィリアムの言葉に、アイリーンはさすがに言葉を返した。
「あの方のお陰で船に乗ることが出来、あの方のお陰で、こうしてお兄様を探しに来ることができたのです。『姫』というのは、船に乗っていたときの私の愛称です。実際には何も役に立たない、お姫様育ちだと言われてついた呼び名が『姫』です。船のクルーの大半は、皆、私の事を『姫さん』とか、『お姫さん』とか、『姫』と呼んでいました。でも、それはただの愛称です」
 ウィリアムは少し納得がいったという表情を浮かべたが、それでも詰問は終わりではなかった。
「そうか。だが、あの男とは特別な関係だったのだろう? 白昼堂々、侯爵家の裏庭でそなたを抱き締めたくらいだ。船ではどれほど親密にしていたのだ?」
 ウィリアムの問いに、アイリーンは怒りと絶望を感じた。
「私は、あの方を心からお慕いしております。そう言えば、お兄様は満足でいらっしゃいますか?」
 アイリーンは諦め、秘めた想いを口にした。
「なんだと? そなたは私に、フレドが他に好きな相手ができたと説明したが、本当は、婚約者がありながら他の男に心を移したのはそなたの方ではないのか? いつからだ? 私がいないのを良いことに、いつからあのエクソシアの公爵を名乗る男と交際していたのだ? 国に居た頃からなのであろう?」
 怒るウィリアムに、アイリーンはすべてを話す時だと観念した。今まではウィリアムの怪我と衰弱した体を快復させるために、悪いことは何一つウィリアムの耳に入れなかったアイリーンだったが、何時までも内緒にはしていられないのも事実だった。なぜなら、時は刻一刻と過ぎて行き、アイリーンが国に帰らなくてはならない期限は近づき、帰国の時が迫ってきているからだった。
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