お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「違います。カルヴァドスさんに出逢ったのは本当に偶然です」
 アイリーンがカルヴァドスの名を口にすると、ウィリアムが無言で頭を横に振った。
「エクソシアの公爵の名前がカルヴァドス? ウソに決まっているだろう!」
 呆れたようにウィリアムが言った。
「もちろん、偽名であることは知っております。わたしが偽名を名乗って居たように」
 アイリーンは言うと、ゆっくりと話し始めた。
「お兄様にも、お話ししたはずです。パレマキリアが攻めてきたと」
「それと、この事がどう関係する? 話をごちゃまぜにしてごまかすつもりか?」
「いいえ。デロスは港も塞がれ、陸路も塞がれ、国は孤立してしまいました。お父様は、その半年以上も前に風邪をこじらせた後、持病の心臓の具合が悪く、ずっと寝たきりでいらっしゃいました。私のような若輩者がサイラス伯父さまに助けて戴き、独りで政をしていたのですから、パレマキリアに攻め込まれても仕方がなかったのです」
 父王が病気だったことは寝耳に水だったが、自分の次に王位を継承することの出来るアイリーンが、幼い頃から巫女の努めと勉強で大忙しだったことは、側で見ていたウィリアムが誰よりもよく知っていたので、なぜそこまでアイリーンが自分を卑下するような言い方をするのかはウィリアムもひっかかった。
「そんな折、ダリウス王子が自らデロスに赴かれ、和平条約の締結を提案されました」
「あのダリウス王子が和平条約だと?」
 あまりのことに、ウィリアムは信じられないという表情を浮かべた。
「ですが、和平条約とは名ばかりのことでした。それは、私がダリウス殿下に嫁ぐようにするための単なる甘言でした」
 アイリーンの言葉にウィリアムの顔色が変わった。
「まさか、承諾したのか? フレドはなにをしていた? そのための婚約者だろう!」
 あまりのことに、ウィリアムは動揺を隠せなかった。
「お兄さま、あの時のダリウス殿下は、パレマキリアは本気でした。私が和平条約締結のため、ダリウス殿下との結婚を承諾しなければ、デロスは今頃、地図から姿を消していたでしょう」
 アイリーンは言うと、自分の不甲斐無さに俯いた。
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