お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「ダリウス王子と結婚だと? 本当に承諾したのか?」
 ウィリアムは体が震えるのを感じた。
「はい。承諾致しました」
「父上は? 当然、反対されたはず」
「まだ、お父様には、お話ししていません。デロスの王女である私の役目は、お兄さまを無事に見つけだし、婚約解消の祈りが終わる日までに国に帰ることです」
 アイリーンは静かな声で言った。
「そなたはどうなる?」
「私は婚約解消の祈りが滞りなく終わり、神殿を出たら、三月後にはパレマキリアに輿入れする事が決まっています」
 アイリーンの言葉に、ウィリアムが目を見開いた。
「王族の結婚には手順がある。三月後に輿入れなど不可能だ! デロス王族の婚姻には、まずイエロス・トポスに良き日を尋ねなくてはならない」
「お兄さま、もう、すべて決まったことなのです。私は神殿での祈りが明けたら、三月後に輿入れし、そのままパレマキリアで婚儀を挙げ、ダリウス殿下の妻となります」
 アイリーンは、真っ直ぐにウィリアムの瞳を見つめて言った。
「アイリ、すまなかった・・・・・・」
 ウィリアムは言うと、アイリーンを自由にしてくれた。
「この私がヴァイオリンを学びたいなどと勝手を言ったばかりに、お前をダリウス王子に嫁がせることになるなど、私はなんと父上に説明したらいいのだ? 私は、なんと母上に謝罪したらよいのだ?」
 瞬間、ウィリアムはカルヴァドスの事を思い出した。
「アイリ、そなたは、あのエクソシアの公爵だと言う男のことを愛しているのだろう?」
 ウィリアムの問いに、アイリーンは素直に頷いた。
「エクソシアの公爵なら、既に十人は妻が居るだろうが、それでも、お前が愛しているのなら・・・・・・」
 ウィリアムの言葉にアイリーンが笑みを漏らした。
「あの方には、奥方はいらっしゃいません」
「そうなのか?」
 ウィリアムは信じられないといった様子で言った。
「はい。お父上の決めた婚約が嫌で家を飛び出して、船乗りとして暮らしていらしたのです。でも、今回、私を送って下さったのを機に、お父様と和解されたと先程伺いました」
 アイリーンの言葉からは、カルヴァドスへの愛が溢れていた。
「アイリ、逃げるんだ。あのエクソシアの公爵を愛しているなら、二人でエクソシアへ逃げるんだ。国へは、私独りで帰る。パレマキリアもエクソシアへは手が出せない。公爵と言うのが本当ならば、皇帝陛下の兄弟がお子にあたる。ダリウス王子には絶対に手が出せない相手だ。今からでも遅くない、すぐに彼を追って二人で逃げるんだ!」
 ウィリアムの言葉は嬉しかったが、アイリーンが約束を反故にしたと知れば、パレマキリアが全力でデロスに攻め込んで来ることは必然だった。そして国内にアイリーンがいないと分かれば、ダリウス王子は怒りにまかせて父王を処刑し、国に戻ったばかりのウィリアムを処刑し、デロスの民を皆殺しにするのがアイリーンには目に見えるようだった。もし、アイリーンの国外逃亡を助けたのが海の女神の神殿に仕える神官や巫女達だと知れれば、神殿の皆が極刑に処せられるだろうことも、予想ができた。そんな悲劇を生まないために、アイリーンはダリウス王子との結婚を承諾したのだ。
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