お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 サロンでアイリーンの事を待っていた内大臣は、二匹を伴って姿を見せたアイリーンにホッと息を付いた。
「良いアイデアでございます。その二匹が居れば、パレマキリアの者が王宮に忍び込んだとしても姫を連れ去ることは出来ませんから」
「そうね。この二人は特にダリウス殿下が嫌いなのよ。もう、ダリウス殿下の臭いがするからって、酷い目にあったわ」
 アイリーンは言うと、内大臣に椅子を勧め、自分も椅子に座った。
「伯父様、お父様からは一度もダリウス殿下との結婚の話が出ているなんて聞いたことがないのですが、いつ頃からなのですか?」
 『伯父様』と話しかけたアイリーンに、内大臣も王弟として、伯父としてアイリーンに接するよう態度を改めた。
「兄上は一言も?」
「はい。一度もです」
「ウィリアムもか?」
「ええ? お兄様もご存じでしたの?」
 アイリーンが素っ頓狂な声を上げた。
「知っていたよ、二人とも。ダリウス王子は、お前が海の女神の神殿での祭礼を執り行う姿に一目惚れしたとかで、最初は丁重に今までのわだかまりを無くすために、お前を王太子の妻に娶り、両国に和平をと言う話だったのだが、兄上が渋っているうちに、武力で意思表示をするようになってね」
「それで、何度もパレマキリア王宮に招待されたりしたわけなのですね」
「まあ、そう言うことだ。その目で豊かさを見れば、お前の心が動くだろうという考えだったようだが」
 内大臣はアイリーンの足下で守りにつく二匹を見つめながら言った。
「ところで、ウィリアムの具合はどうなんだ?」
 伯父として、当然の心配だった。
「一進一退ですわ。この間はかなり良かったのですが」
「それは困ったな」
 内大臣は頭を抱えた。
「伯父様、わたくし、ダリウス殿下に嫁ぐつもりです」
「アイリーン!」
「ですが、お兄様もお父様もご病気の今、私は国を離れる訳には参りません」
 ましてや、兄ウィリアムが連絡を絶って行方不明の今、アイリーン以外の誰が父王と国を支えて行かれるのか、それを考えるとアイリーンは口約束だけでも、ダリウス殿下に嫁ぐと約束するほか無いと思っていた。
「では、どうするつもりなのだ?」
「これから、神殿に行って姫巫女が婚約を解消して新たに婚約を取り交わす手順を確認して参ります」
 細かい決まりは、イエロス・トポスの民が海の女神の神殿を建てた時に記された決まりに従っているから、姫巫女として神殿に仕えるアイリーンは、その定めに従う必要があった。
「伯父様、伯父様の王位継承権は今も私の次で変わってはおりませんよね?」
「今のところは。だが、継承権を失う可能性はある」
 寝耳に水の出来事ではないので、アイリーンは何も言わなかった。
 伯母の浮気性が直らず、次から次へと、若い愛人を囲っていることはアイリーンの耳にも入っていた。そして、それが原因で夫婦仲が悪くなり、伯父が離婚を考えている事もアイリーンは知っている。しかし、離婚すると王位継承権を失うデロスの王族は、基本、離婚を回避するようにしていた。特に、王太子が病気の今、アイリーンが結婚し、跡継ぎを産むまで離婚を回避し続けるのが、伯父としての役目だと内大臣を務めながら王弟であるサイラスは思っていた。
「それに、お前がいる限り、私の継承権は意味を成さないことは分かっているだろう?」
「その事も、神殿で相談して参ります」
「と言うと?」
「私の知る限り、姫巫女の王位継承が認められているのは、姫巫女であるからです。他国へ嫁ぎ姫巫女でなくなった王女に継承が許されるのか、確認する必要が有ると思います」
 アイリーンの言葉に、なるほどとサイラスは頷いた。
「しかし、お前をパレマキリアに嫁がせたくはないのだが」
 それは、アイリーンも同じだ。
 適当なところで婚約を解消し、終生姫巫女として神殿に仕える道を選ぶつもりだったのだから、国を離れ、ましてや、あのダリウス王子に嫁ぐなど、死ぬ方がましだと思わざるを得ないのが事実だった。
「神殿から帰ったら、ご報告致します」
 アイリーンは言うと、一旦自分の部屋へと戻り、神殿へ行く準備をすることにした。

☆☆☆

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