お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
 口止めしなかったアイリーンも悪かったが、既に弟のサイラスから話を聞いていた父王は、アイリーンの帰りを今か今かと寝台の上に起き上がって待っていた。
「世は、これより、姫と親子の時間を持つ。皆の者、下がるように」
 アイリーンが姿を見せるなり、父王は直ぐに人払いした。
「サイラス、お前も下がりなさい」
 書簡を見てやってきたばかりの内大臣も、兄王の言葉に一礼して出て行った。
「ああ、アイリーン。なんと言うことになってしまったのだ!」
 王は涙を流しながら言った。
「こんな時にウィリアムが留守とは・・・・・・」
「お父様、お兄様は半年すれば戻られます。私は、これから半年、神殿に寝泊まりするつもりです」
「なんと!」
「ウィリアムだけでなく、お前もこの父を置き去りにすると言うのか?」
「いいえ、そうして時間を稼がなくては、お兄様が戻られるまで、パレマキリアがデロスに侵攻しない保障はありません。お父様も、あのダリウス殿下のご気性はご存知でしょう?」
 アイリーンの言葉に、父王は頭を横に振った。
「お前をパレマキリアに嫁がせはしないと、亡き王妃に誓ったのだ」
 国王はか細い声で言った。
「お父様、お母様もわかってくださいます。でも、私が嫁がないと答えれば、明日にもパレマキリアは全力で侵攻を開始し、お兄様は帰る国をなくしてしまいます」
 よよと泣く父王をアイリーンはしっかりと抱きしめた。
「お父様。私が嫁ぐことでデロスの民を護れるなら、そうすることが王女としての役目です。お父様はいつも教えて下さったではありませんか、民有っての国。民有ってこその王家だと。ここで、民を見捨てるような、国を見捨てるような決断をすれば、私は何のために王家に生まれてきたのでしょうか?」
 真っ直ぐに自分を見つめて言うアイリーンを王はしっかりと抱きしめた。
「そなたには、幸せになって貰いたかった。まだ、恋も知らぬうちに婚約させたことをどれほど後悔したことか。それが、今度は結婚だなどと。こんな事なら、ウィリアムの願いを聞き届けるのではなかった」
「お父様、私は幸せです」
「何を言う」
「まだ、恋も知らぬ故、好きでもないダリウス殿下に嫁ぐと決めても、痛む心もございません」
 アイリーンの言葉に、王が目を細めた。
「そなたとアルフレッドは仲がよいと聞いていたが、違うのか?」
 それは当然の疑問だった。婚約して二年、傍目から見れば仲睦まじく振る舞っていたのだから、二人の間に恋愛感情が無いというアイリーンの言葉に、父王は当惑を隠せなかった。
「お父様、アルフレッドは、お兄様の頼みで、お兄様不在の間の私の相談役を買って出ただけです。アルフレッドの目には、最初から私は映っていなかったとおもいます」
「そうなのか?」
「はい。でも私は、それで良かったと思います。もし、本当にアルフレッドが私に想いを寄せてくれ、私も彼を慕いながらパレマキリアに嫁ぐのは苦しいですから」
「アイリーン」
 王はギュッとアイリーンを抱きしめた。
「しばらくのお別れです。海の女神の神殿に籠もりますから、お兄様が戻られる迄には、お父様も元気におなりになって下さいませ」
「約束しよう。そなたがパレマキリアに向かう時は、元気な姿でそなたを見送ると・・・・・・」
「ありがとうございます。楽しみにしております」
 アイリーンは父王の頬にキスを落とすと、ゆっくりと寝台に横にならせて布団を掛けた。
 王もアイリーンも涙を拭った。
「では、部屋に戻ります」
 王は、無言で頷いた。
 アイリーンが扉を開けて出てくると、控えていた侍従達が王の寝室へと戻っていった。

☆☆☆

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