お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「私は、貨物船で働きたいんです」
 アイリーンが言うと、霞んでよく見えない奥から、見上げるほどの大男が姿を現した。
「貨物船で働くって? 一晩幾らだ?」

(・・・・・・・・え? 一晩の金額? どういうこと?・・・・・・・・)

 そこまで考えた瞬間、アイリーンはアルフレッドが話していた、貨物船で賃金を貰うリスクの話を思い出した。
「た、ただです。お金はもらいません。下働きで構わないので、船で働くので、乗せて貰いたいだけなんです。えっと、皿洗いとか、繕い物とか、あと、掃除とかならできます」
 慌てて訂正すると、男がアイリーンを不躾に上から下へと舐めるように眺めた。
「ガキには用はねぇな。ただでも子供には興味はねえよ。もっと、出るとこがしっかり出てから出直してくるか、他を当たるんだな!」
 男の不躾な物言いに、アイリーンは怒りを面に出した。
「あなたの船は結構です。こちらから願い下げです! どなたか、他の方の船に・・・・・・」
 アイリーンが言い終わらぬうちに、どこからか現れた厚化粧の女がアイリーンの頬を平手打ちにした。
「このガキが、ふざけんじゃないよ。ここは、バルバロイ船長の船の貸し切りなんだ。あんたみたいなお子ちゃまは、とっとと帰って、ママのオッパイでも飲んでりゃいいんだよ!」
 余りのことにアイリーンが呆然としていると、厚化粧の女はアイリーンの手を引いて店の扉の外へと押し出した。
「体を売る気がないなら、とっとと消えな。船長に興味を持たれたら、死ぬまで相手をさせられて、船から一生降りれなくなるよ」
 アイリーンの耳元で女は小声で言うと、乱暴にアイリーンを突き飛ばした。
「一昨日おいで! ガキに用はないんだよ!」
 大きな声で店の中の男達に聞こえるように言うと、女はバタンと扉を閉めた。
 道に放り出されたアイリーンは、余りのカルチャーショックに、呆然としたまま、店の看板を見つめた。

(・・・・・・・・ここが、フレドの言っていたレッド・ライオン? ん、でも、ここは『赤いライオン』って書いてある。えっと、もう一度メモを見よう・・・・・・・・)

 ポケットからメモを取り出すと、そこには『レッド・ライオン』と書かれていた。

(・・・・・・・・えっと『レッド・ライオン』は、デロス語の綴りだけど、この『赤いライオン』は、パレマキリア語の綴りだわ。と言うことは、私はお店を間違えたって事なのよね? とにかく、探さなくちゃ。フレドの言っていた『レッド・ライオン』を・・・・・・・・)

 なかなかショックから抜けきらない頭を抱え、アイリーンは独りアルフレッドの教えてくれた酒場を探して細い歓楽街の道を歩いた。

 表向き、海の女神の神殿のおひざ元であるデロスの城下町では女性は冷遇されない。理由は、統治者が国王であるとともに、海の女神だから。それなので、法律でわざわざ『売春行為』を禁止する必要はなく、デロスではそのようなことは行われていないとアイリーンは習っていたし、正規の登録をして居る店ではそのような行為は認められないとされていることも知っていた。しかし、アイリーンを店から追い出した女性ははっきりと『体を売る』という言葉を口にした。
 多分、アイリーンが耳にした値段交渉のような会話は、その『体を売る』ための交渉に違いなく、アイリーンは現実と自分の学んできた常識の違いに戸惑いと混乱、そして、これからのことが不安になっていった。

☆☆☆


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