お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
やっとの事で『レッド・ライオン』を見つけたアイリーンは、深呼吸してから扉を開けた。
既に、店の中が暗いこと、煙草の煙が霞のように渦巻いていること、ケバケバしい女性達が男性からの卑猥な視線を浴びながら、値段交渉をして二階の宿へと消えていくらしいと言うことは学習済みだったので、アイリーンは覚悟を決めて、今度こそ言い方を間違わないようにしなくてはと、堅く心に誓いながら一歩を踏み出した。
「おや、可愛いお嬢さん。ここは、お酒を飲みにくる場所で、スイーツを食べにくる場所ではないですよ」
カウンター越しに、黒いベストを着た素敵なおじさま風のバーテンダーがアイリーンに声をかけた。
「あの、貨物船の船長さんを探しているんです」
アイリーンが言うと、バーテンダーは奥の一角に座る錨の刺青をした恰幅の良い男性の方に視線を走らせた。
「ありがとうございます」
店の奥にアイリーンが向かおうとすると、バーテンダーが手振りでアイリーンを押し止めた。
「お嬢さん、情報はただじゃないんですよ。まずはオーダーを・・・・・・」
バーテンダーは紳士のような笑みを浮かべて言った。
「えっ? オーダーですか? あっ、えっと、赤ワインをグラスで・・・・・・」
アイリーンが言うと、バーテンダーは赤い飲み物の入ったグラスをアイリーンの方に押して寄越した。
「お幾らですか?」
「ワインは銀貨一枚、情報は銅貨三枚に負けておきますよ、お嬢さんの可愛さに免じてね」
バーテンダーは言うと、艶っぽい表情でウィンクして見せた。
「あ、ありがとうございます」
「ところでお嬢さん、この辺りではあまり見かけない顔だけれど、アイリーン王女様に似ているって言われないかい?」
バーテンダーは、スカーフの隙間からこぼれ出た一房のストロベリーブロンドの髪を弄びながら問いかけた。
「わ、私がですか? まさか。髪の毛の色が似ているから、そう見えるだけじゃないですか?」
アイリーンはポケットの中からコインを取り出すとバーテンダーに言われた通りの代金とチップを支払った。
正直、これが高いのか安いのか、妥当なのかもアイリーンには分からなかったが、言われたとおりにしない限り、船長と話が出来ないのなら仕方がないと腹をくくってのことだった。