お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「あなたみたいなレディが、あんな飲んだくれの溜まり場で何をしていたんだい?」
 男に問われ、アイリーンは俯きながら用意してきた理由をゆっくりと間違わないように説明した。
「つまり、親の決めた婚約者と結婚したくないから、タリアレーナにいる恋人に逢いに行きたいってことかい?」
 男は感心したように問い返した。
「はい。でも、旅客船のつく船着場は家の者が見張っているので、貨物船に乗せていただきたいのです」
「レディ、貨物船ってのは荷物を載せるもので、人を乗せるものじゃない。船長に頼んだら乗せて貰えるってもんじゃないぜ?」
 男の言葉にアイリーンは衝撃を受けて俯いた。
「あの、ただで乗せて貰うつもりはないんです。洗濯とか、縫い物とか、掃除とか、私に出来ることなら何でも頑張ります。お給金は船賃として戴きませんから、何とか、乗せていただけないでしょうか?」
 アイリーンの言葉に、男は困ったように頭を掻いた。
「何でもするって、まさか夜の相手もか?」
 男の言葉にアイリーンの体が強張った。
「そ、それは、出来ません。私は、恋人に操をたてておりますから。それ以外のことなら、どんな事でも致します」
 男はマジマジとアイリーンを見つめた。
「ってか、レディ。あんたかなり高貴な生まれだよな? 掃除や洗濯なんて、出来るようには見えないぜ、その綺麗な細い指を見る限り」
 男は言いながらアイリーンの手を取った。
「でも、それ以外に結婚を回避する方法も、タリアレーナに行く方法もないのです」
 アイリーンは泣きそうになって言った。
「ってか、親はレディに恋人が居るって知らないのか?」
 男は困ったように頭を搔きながら尋ねた。
「知っています。彼の家とは昔から仲が悪く、私達を引き裂くために、彼は二年ほど前に親の命令でタリアレーナへ。友人を介して手紙のやりとりはしておりましたが、彼が戻る前に私を結婚させようと・・・・・・」
 アイリーンは以前読んだ本の内容を思いだしながら話を作り上げていった。
「なるほどね。デロスはエイゼンシュタイン程ではないとしても、かなり自由恋愛が有りの国だと思ってたんだけどな。まあ、家には家の事情があるって事か・・・・・・」
 男は溜息混じりに言った。
「なあ、レディ。本当に、後悔しないか?」
 男の問いに、アイリーンは驚いて男を見上げた。
「こうやって、親に内緒でこっそり国を抜け出して男の元へ行くって事は、駆け落ちも同然なんだぜ。貴族の場合、駆け落ちなんてしたら親子の縁は切られて天涯孤独になっちまうんだぜ? その男は知ってるのか? レディが家を出てタリアレーナに行こうとしてることを・・・・・・」
「いいえ。もう、二年も離れ離れで、ずっと、手紙のやりとりだけですし。手紙もどこで誰にみられるかわからないので、そういうことは書けませんでした。最後の手紙には、結婚させられそうだとは書きました。でも、その返事が来ないので・・・・・・」
 アイリーンが言うと、男は困ったように再び頭を掻いた。
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