お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
「なあ、レディ。知ってると思うが、タリアレーナは、滅茶苦茶、恋愛自由の国で、結婚してても不倫ありありの国なんだぜ? 二年も離れ離れで、男が心変わりしてないなんて、どうして分かる? レディに知られないから、近場に女を作っているかも知れないんだぜ? それなのに、家を捨てたレディが突然現れたら、どうなると思う? 最悪は、苦労した上の修羅場で、悲しい別れになる可能性もあるんだぜ? それに、家同士が相容れない仲なら、男はレディと生きる道をもう諦めたかも知れないんだぜ?」
 男の言葉は確かにお話の中ならば、当然、あり得ることだった。
 事実、王太子である兄のウィリスも風紀の悪いエリアに出入りしている上、度重なる無断外泊の挙句、行方が分からなくなっている。
 考えたくはないが、もしかしたら、あれほど情熱を傾けていたヴァイオリンを投げ出し、王太子という地位や立場を忘れるくらい女性に情熱を燃やして、叔母の屋敷を抜けだし、女性と暮らしているのかも知れない。
「レディは、考えてなかったよな、そんな不誠実な事を男がしてるかも知れないって・・・・・・」
 男がアイリーンの気持ちを慮って言葉を継いだ。
 しかし、これは物語ではない。どんな事情であれ、誰と結婚すると言い出そうとも、アイリーンには兄のウィリアムを自分がパレマキリアのダリウス王子に嫁ぐ日までに連れ帰らなくてはならないのだ。
「かまいません」
 アイリーンは、はっきりと言い切った。
「えっ?」
 男の方が、驚いたように声を上げた。
「もし、彼が心変わりしているのなら、この目でそれを確かめます。そして、それが事実なら、私は国に戻って、親の決めた方と結婚します」
「レディ・・・・・・」
「お願いします。どうか、船に乗せて下さい。一刻も早く国をでないと、追っ手に見つかってしまうのです」
 アイリーンの言葉に男は大きな溜息をついた。
「この先を右に曲がって、裏道を抜けた先に『緑の妖精』って店がある。酒よりも、美味い魚料理が有名な店だ。そこに腕に『海の女神への愛は不滅』ってタトゥーを入れて、孔雀の羽付きのド派手な帽子をかぶった船長がいる。見りゃすぐに分かる。あの船は東に向かうから、その船長に頼んでみるんだな。船長が良いって言ったら乗せて貰えるし、ダメなら諦めるんだな。俺が知る限り、あの船長の他に、他人の幸せに手を貸そうなんて考えるまともな船長は、いまこの港にはいない。いいな、レディ。酒場巡りなんて危険な真似は金輪際止めろ。そのうち、樽に詰められて、奴隷としてパレマキリアに売られるのが関の山だ。良いな?」
 男の親切に、アイリーンは涙を止められなかった。
「ありがとうございます。『緑の妖精』ですね?」
「ああ、俺らはパックって呼んでる店だ」
「すぐに行ってみます。ありがとうございました」
 アイリーンは頭を何度も下げてお礼を言うと、急いで教えられた道を抜け『緑の妖精』という店を目指した。
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