お転婆姫は命がけ。兄を訪ねて三千里!
寝室の扉の隙間から二人の様子を覗き見てしまったアイリーンは、ベッドに座り、枕元の水差しの水をグラスに注いで二口ほど飲んだ。
二人が互いに想い合っていることは一年近く前からアイリーンは知っている。だから、婚約者の裏切りだとか、信頼する侍女の裏切りだとか、そんな事で心を痛めたり、苦しむ様なことはない。
さっきアルフレッドが言ったとおり、兄のウィリアムが不在の間に、アイリーンの望まぬ結婚話が持ち上がらないようにするため、ウィリアムの唯一無二の親友であるアルフレッドをアイリーンの婚約者に仕立て上げただけの話で、幸か不幸か、二人の間に兄妹愛はあっても、恋愛感情は皆無だ。
デロス王国の貴族社会は小さく、王家と王家に連なる公爵家の他は、伯爵家、子爵家に男爵家だけ。侯爵家も準男爵家も認められていない。大臣たちは基本、貴族から選ばれて居るが、大臣を支える官吏は平民から登用されることが多く、王宮に勤める者の半分以上は平民だ。
その中で、近衛の隊長であるアルフレッドは伯爵家の嫡男、ローズマリーは子爵家の娘で、家柄的にも結婚に何の問題もない。唯一の障害はアルフレッドがアイリーンと婚約していることだけだ。
「恋か・・・・・・」
アイリーンが寂しそうに呟くと、二頭がベッドに駆け上がりアイリーンにすり寄った。
「そうね、私の恋人はあなた達二人よ。アイジーにラフディー、さあ寝ましょう」
アイリーンがベッドに入ったところにノックがあり、ローズマリーが入ってきた。
「姫様、ホットミルクをお持ちしました」
「ありがとう、ローズ。蜂蜜は?」
「もちろん、タップリ入れて参りました」
「ありがとう」
アイリーンは言うと、マグカップを受け取った。
「ねえ、ローズ。恋ってどんなものなのかしら?」
「えっ?」
アルフレッドとの逢瀬を見られていたのではと、ローズマリーの頬が赤く染まった。
「ほら、ローズも知っての通り、私とフレドは兄と妹みたいな関係でしょ。先日、大臣の一人から、私がフレドに恋しているように見えないって、いっそ、婚約を解消してはどうかと進言があったの。私は、公私は混同しませんとはねのけたんだけれど、恋がどんなものか分からないから、きっとフレドと恋人らしい演技ができないのだと思うの」
アイリーンの本当の悩みだった。
「姫様、そんな事悩まれる必要はございませんよ。アルフレッドは様にその事をお話しすれば、アルフレッド様がそれらしく振る舞ってくださいます。それに、こんなに忙しくては、恋人と過ごす時間もないではございませんか」
「そんな事無いわ。毎晩、一緒に寝て居るもの」
「はい?」
ローズマリーが素っ頓狂な声を上げた。
「私の恋人はアイジーとラフディーだから」
「もう、姫様! 二人の防衛を排して何者かが夜這いでもかけているのかと焦ったではございませんか!」
ローズマリーの言葉に、アイリーンが声を立てて笑った。
「あり得ないわ。以前、私が婚約する前に愛を囁きに来た伯爵家の子息がどうなったかを知らないものはこの国にはいないわ」
護衛の目をかいくぐり、やっとの事でアイリーンの私室まで辿り着いた伯爵家の嫡男を出迎えたのは、アイリーンに絶対的な忠誠と愛をもつラフカディオとアイゼンハイムの二匹だった。
しかし、二頭も相手に害意が無いことは分かっていたので、お茶目な対応に留めはしたが、ラフカディオに押さえつけられ、アイゼンハイムにズボンをちぎられ、両の尻をガブガブと強めの甘噛みをされた伯爵家の嫡男は、手に持っていたプレゼントと花束を二匹に奪われ、全治三週間の怪我をお尻に受け、泣きながら逃げ帰ることになった。
彼の持ってきた美しい花束とプレゼントの素敵な腕輪は二匹がちゃんとアイリーンに届けてくれたので、アイリーンは丁寧にお礼と見舞いの手紙を送り、今度は昼間に訪ねて欲しいと、お茶でもご一緒しませんかと誘ったものの、相手からは丁寧なお断りの手紙が届き、社交界だけでなく、国内全土にアイリーンは二頭の魔獣を操る巫女という噂が定着してしまった。
「魔獣なんて失礼よね。ラフディーは由緒正しき銀狼だし、アイゼンハイムは世界で一番愛らしいチャウチャウよ。二人が居たら、私に夫は要らないわね」
アイリーンはベッドの上に横になる二頭を交互に撫でながらホットミルク飲み干した。
「姫様、恋は、気付かないうちに始まるものです。その、ふと気付いたら、その、相手の方の姿が見えなかったり、声が聞こえなくなると、胸がギュッと寂しさに苦しくなったり、そうやって始まるのではないかとおもいます」
ローズマリーの言葉に、アイリーンは目を伏せた。
「それだと、私はお兄様に恋してることになってしまうわね」
「あ、ああ。でも、それに似ていると本で読んだことがございます」
「そう、覚えておくわ。お休みなさいローズ」
「お休みなさいませ、姫様」
ローズマリーは横になったアイリーンにきちんと布団をかけ、部屋の灯りを落とした。
それまでベッドの上で寛いでいた二頭は、サッとベッドから飛び降り、ベッドの左にある窓辺のそばにラフカディオ、右手にある私室に続く扉の前にアイゼンハイムと、夜間警護の定位置についた。
「おやすみなさい、ラフディー、アイジー」
アイリーンが声をかけると、ラフカディオは頭をアイリーンに向けて一礼し、アイゼンハイムはフワフワの尻尾をパタパタと振ってお休みの挨拶をした。
二人が互いに想い合っていることは一年近く前からアイリーンは知っている。だから、婚約者の裏切りだとか、信頼する侍女の裏切りだとか、そんな事で心を痛めたり、苦しむ様なことはない。
さっきアルフレッドが言ったとおり、兄のウィリアムが不在の間に、アイリーンの望まぬ結婚話が持ち上がらないようにするため、ウィリアムの唯一無二の親友であるアルフレッドをアイリーンの婚約者に仕立て上げただけの話で、幸か不幸か、二人の間に兄妹愛はあっても、恋愛感情は皆無だ。
デロス王国の貴族社会は小さく、王家と王家に連なる公爵家の他は、伯爵家、子爵家に男爵家だけ。侯爵家も準男爵家も認められていない。大臣たちは基本、貴族から選ばれて居るが、大臣を支える官吏は平民から登用されることが多く、王宮に勤める者の半分以上は平民だ。
その中で、近衛の隊長であるアルフレッドは伯爵家の嫡男、ローズマリーは子爵家の娘で、家柄的にも結婚に何の問題もない。唯一の障害はアルフレッドがアイリーンと婚約していることだけだ。
「恋か・・・・・・」
アイリーンが寂しそうに呟くと、二頭がベッドに駆け上がりアイリーンにすり寄った。
「そうね、私の恋人はあなた達二人よ。アイジーにラフディー、さあ寝ましょう」
アイリーンがベッドに入ったところにノックがあり、ローズマリーが入ってきた。
「姫様、ホットミルクをお持ちしました」
「ありがとう、ローズ。蜂蜜は?」
「もちろん、タップリ入れて参りました」
「ありがとう」
アイリーンは言うと、マグカップを受け取った。
「ねえ、ローズ。恋ってどんなものなのかしら?」
「えっ?」
アルフレッドとの逢瀬を見られていたのではと、ローズマリーの頬が赤く染まった。
「ほら、ローズも知っての通り、私とフレドは兄と妹みたいな関係でしょ。先日、大臣の一人から、私がフレドに恋しているように見えないって、いっそ、婚約を解消してはどうかと進言があったの。私は、公私は混同しませんとはねのけたんだけれど、恋がどんなものか分からないから、きっとフレドと恋人らしい演技ができないのだと思うの」
アイリーンの本当の悩みだった。
「姫様、そんな事悩まれる必要はございませんよ。アルフレッドは様にその事をお話しすれば、アルフレッド様がそれらしく振る舞ってくださいます。それに、こんなに忙しくては、恋人と過ごす時間もないではございませんか」
「そんな事無いわ。毎晩、一緒に寝て居るもの」
「はい?」
ローズマリーが素っ頓狂な声を上げた。
「私の恋人はアイジーとラフディーだから」
「もう、姫様! 二人の防衛を排して何者かが夜這いでもかけているのかと焦ったではございませんか!」
ローズマリーの言葉に、アイリーンが声を立てて笑った。
「あり得ないわ。以前、私が婚約する前に愛を囁きに来た伯爵家の子息がどうなったかを知らないものはこの国にはいないわ」
護衛の目をかいくぐり、やっとの事でアイリーンの私室まで辿り着いた伯爵家の嫡男を出迎えたのは、アイリーンに絶対的な忠誠と愛をもつラフカディオとアイゼンハイムの二匹だった。
しかし、二頭も相手に害意が無いことは分かっていたので、お茶目な対応に留めはしたが、ラフカディオに押さえつけられ、アイゼンハイムにズボンをちぎられ、両の尻をガブガブと強めの甘噛みをされた伯爵家の嫡男は、手に持っていたプレゼントと花束を二匹に奪われ、全治三週間の怪我をお尻に受け、泣きながら逃げ帰ることになった。
彼の持ってきた美しい花束とプレゼントの素敵な腕輪は二匹がちゃんとアイリーンに届けてくれたので、アイリーンは丁寧にお礼と見舞いの手紙を送り、今度は昼間に訪ねて欲しいと、お茶でもご一緒しませんかと誘ったものの、相手からは丁寧なお断りの手紙が届き、社交界だけでなく、国内全土にアイリーンは二頭の魔獣を操る巫女という噂が定着してしまった。
「魔獣なんて失礼よね。ラフディーは由緒正しき銀狼だし、アイゼンハイムは世界で一番愛らしいチャウチャウよ。二人が居たら、私に夫は要らないわね」
アイリーンはベッドの上に横になる二頭を交互に撫でながらホットミルク飲み干した。
「姫様、恋は、気付かないうちに始まるものです。その、ふと気付いたら、その、相手の方の姿が見えなかったり、声が聞こえなくなると、胸がギュッと寂しさに苦しくなったり、そうやって始まるのではないかとおもいます」
ローズマリーの言葉に、アイリーンは目を伏せた。
「それだと、私はお兄様に恋してることになってしまうわね」
「あ、ああ。でも、それに似ていると本で読んだことがございます」
「そう、覚えておくわ。お休みなさいローズ」
「お休みなさいませ、姫様」
ローズマリーは横になったアイリーンにきちんと布団をかけ、部屋の灯りを落とした。
それまでベッドの上で寛いでいた二頭は、サッとベッドから飛び降り、ベッドの左にある窓辺のそばにラフカディオ、右手にある私室に続く扉の前にアイゼンハイムと、夜間警護の定位置についた。
「おやすみなさい、ラフディー、アイジー」
アイリーンが声をかけると、ラフカディオは頭をアイリーンに向けて一礼し、アイゼンハイムはフワフワの尻尾をパタパタと振ってお休みの挨拶をした。