エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
碧の目が、愛しげに珠希を見つめている。
まるで碧に愛されていると錯覚してしまいそうなほどに甘く優しい眼差し。

「あの、ううん、なんでもないんです」

あやうく口にしそうになった言葉を、珠希はすんでのところでのみ込んだ。
碧が珠希と結婚したのは、紗雪に碧をあきらめさせて仕事に集中するためで、珠希を愛しているわけではない。
〝愛してる〟
想いを伝えて碧を困らせたくない。
だから、伝えるわけにも、気づかれるわけにもいかない。
碧は珠希の演奏に鳥肌が立つほど感動したと言い、音楽一辺倒でそれ以外の知識が乏しい
珠希をバカにせず、それどころか前向きに楽しめる言葉を与えてくれた。
たとえ珠希を愛していなくても、碧は珠希を理解し見守っている。
――それでいい。
愛されていなくても、妻として碧と寄り添えるなら、それでいい。
珠希は溢れ出そうになる想いに蓋をして、心の中でそう繰り返した。

「碧さん、あの……いろいろ感謝してます。これから末永くよろしくお願いします」

せめてこれくらいは口にしても許されるだろう。
珠希はぎこちないながらも精一杯の笑顔を碧に向けた。

「突然どうした? 俺の方こそ末永くよろしくな、奥さん」

突然改まった珠希に、碧は眉を寄せつつ笑顔で応えた。

「ん? ようやく涙が止まったみたいだな。いくら泣き顔がかわいいっていっても、笑ってる珠希が好きなんだ」

好きという言葉に珠希の身体が小さく反応する。

「どっちの顔も、見せるのがもったいないくらいかわいいけどな」

軽い口調でからかい、碧は珠希の頬に残っていた涙を舌でなめあげた。
あっという間の甘い仕草に、珠希は声を失いのけぞった。

「あ、碧さん……」
「あ、その顔も、いいな」

予想通りとばかりに楽しげにつぶやくと、碧は珠希の頭をくしゃりと撫でた。

「俺、結婚したその日に妻に泣かれて、困ってるんだけど」


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