エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
碧は反対側の頬に残る涙も、唇を滑らせ、拭い取っていく。

「碧さんっ?」

ざらついた舌が頬に触れるたび、珠希は身をすくめて全身に広がる刺激をやりすごす。

「まあ、泣き顔も俺好みだから、いいんだけど」 
「あ、あの、すぐに泣いてばかりでごめんなさい。これからは、我慢しますから……」
「いや。我慢しなくていいけど、ひとつ約束してほしいんだよな」

吐息交じりの熱い声が、珠希の目尻を刺激する。
そのあとを追うように碧の唇が珠希のまぶたに落ちてきた。肌を掠めるだけのささやかな熱が、まるで拷問のように珠希を刺激している。

「約束ってなんですか?」

珠希は閉じていたまぶたをゆっくりと開き、碧を見つめた。
初めて味わう疲労感で息は荒く、目を開こうにも力が入らず半開きが精一杯。

「……約束って、私に守れる約束ですか?」

珠希のささやきに、碧はくっと声を絞り出し、苦しげに顔をしかめた。
そして。

「絶対に守らせる」

決して逆らえないだろう切迫した声が部屋に響き、珠希はたじろいだ。
碧の目には今まで見たことのない熱情が浮かんでいる。
射るような眼差しに、珠希は動きを止めた。 

「きゃっ」

次の瞬間、身体がふわりと浮き上がり、珠希は慌てて碧の首にしがみついた。

「な、なんですか」

いきなりのお姫様抱っこに、珠希は困惑する。
普段と違う視界の高さ、そして目の前にはさらに熱情の色を濃くした碧の瞳がある。
なにかに耐えているような厳しい顔は、まるで別人のようだ。

「泣いてもいいんだ」
「え?」
「泣いてもいい。だけど俺の腕の中だけだ。そんなかわいい顔、見られたくないだろ……」

碧は珠希の唇に自分のそれを押しつけた。
重ねられた熱から逃げようとする珠希を、碧はさらに拘束を強めて抱きしめる。
熱を帯びた抱擁に、目がくらむ。

「あ……ん」
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