エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
珠希同様、表情を改めた遥香の母は、意味ありげに笑った。

「私、今最高に感激してるんですよ。だって、珠希さんのことをこれでもかっていうほど平然とのろける……あ、すみません。悪口じゃないですよ。そんな宗崎先生が、遥香の事情を奥様にも黙っているなんて、かなりの忍耐力が必要ですよね。当然のこととはいえ守秘義務をまっとうする宗崎先生、医師の鏡です。見た目以外も完璧なんて、素敵すぎます」
「は……はい。素敵です。碧さん、私にはもったいないくらいに素敵なんです」

身を乗り出しきっぱりと言い切る珠希に、遥香の母は目を白黒させる。そして。

「おふたりは、似たもの夫婦だったんですね」

苦笑し、肩を震わせていた。




それからしばらくして、遥香の母は病院を後にした。今日はいったん自宅に戻って、遥香の退院に備えて準備をするらしい。
カフェを出る彼女の背中はまっすぐ伸び、遥香の退院を喜ぶ気持ちが溢れていた。
珠希は彼女を見送ったあともカフェに残り、タブレットで夕方のレッスンの下調べをしていた。
今日の生徒は年明けにコンクールの決勝を控えた高校生の女の子だ。
たしか彼女は今の遥香と同じ八歳からエレクトーンを始めたと言っていた。
それから十年。こつこつと真面目に練習を続けた彼女は、今ではコンクールの優勝候補として名前が挙がるほどの実力者だ。
コンクールがすべてではないが、遥香にも努力が結果として報われる未来が訪れますようにと、珠希は願った。

「もしかして……」

そのとき、間近に人の気配を感じた。

「珠希さんだよね? え? まさか旦那さんに会いに来たのかな?」

聞き覚えのある声に振り返ると、目の前には白衣姿の長身の男性が立っていた。
にこやかな笑みを浮かべ珠希を見下ろしている。

「笹原先生っ。お久しぶりです」

珠希は慌てて立ち上がる。
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