エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「も、もちろん。ゆっくり温まってきてください。こっちもまだ最後の仕上げが残ってるから」

気にしていない振りをして、珠希は盛り付け途中のサラダボウルを手に取った。

「碧さんが好きなフルーツトマトのサラダです。ドレッシングも用意してるからたっぷり食べて――きゃっ」

突然背中から碧に抱きしめられ、サラダボウルを持つ珠希の手に、碧の手が重なった。

「ごめん」

耳もとに碧の吐息が触れて、珠希は肩をすくめる。

「碧さん?」

見ると碧が珠希の肩に顔を埋めている。
肩に乗る碧の重みが彼が紗雪から向けられた悲しみの大きさのように思えて、珠希は目の奥が熱くなるのを感じた。
手にしていたサラダボウルをテーブルに置いて、珠希はゆっくりと振り返り碧と向き合った。
碧は顔を上げ、力なく珠希を見つめている。
瞳の奥に不安げな光を認め、珠希の胸がチクリと痛む。

「どうせなら、こっちの方がいいです」

ふふっと笑い、珠希は碧の背中に腕を回して力いっぱい抱きしめた。
そして碧が着ている薄手のニットに頬を埋め、すりすりとその肌触りを堪能する。

「実はこのニットのことがずっと気になってたんです。想像通り柔らかくて気持ちいい。やっぱりカシミアは違いますね」

碧がこのニットを大切に着ていて、毛玉の手入れをしているのを何度か見たことがある。

「いつも丁寧に扱ってるから、大事なものなんだと思って気になってました。やっぱり気持ちいい」

そう言ってしがみついたまま離れようとしない珠希の頭を、碧はぽんぽんと叩く。

「これ、笹原先生の奥さんが、何年か前の俺の誕生日に編んでくれたんだ。今いる脳外科の職員なら、ほとんどみんな持ってると思う」
「え、そうなんですか?」

珠希は勢いよく顔を上げ、ベージュのセーターをじっくり観察する。


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