エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「編み目も揃ってるし、市販のセーターみたい。私、編み針を手にしたこともないから、未知の世界にしか思えません」
「珠希」

呼びかけに顔を上げると、碧の唇が碧のそれに重なった。

「ん……っ」

珠希はいきなりのキスに戸惑うが、すぐに自らも唇を差し出した。
掠めるだけのキスを何度か繰り返し、たまにお互いの舌先をからめ合う。
コース料理の前菜のような軽いふれ合いに、気づけば碧の口から笑い声が漏れていた。

「どうしたんですか?」

そっと碧と距離を取り見上げると、碧が喉の奥でくすくす笑っている。

「いや、なんでもない。ただ、編み針を手にしたことがないっていうのが、納得だなと思って」

肩を揺らす碧に、珠希は首をひねる。
音楽以外のことには不慣れだと知っているはずなのにと、唇を尖らせた。

「悪い。からかってるわけじゃなくて、なんか、珠希らしくてホッとした」

碧はつんと尖った珠希の唇にキスを落とし、小気味いいリップ音を響かせた。

「このセーター、丁寧に扱えば長く着られるそうなんだ」
「だってカシミ――」
「アルパカなんだよ、これ。それもプレミアムアルパカ。丁寧に触れれば、長く着られるし、抜群に温かい。……珠希みたいだな」
「アルパカ……アルパカって、なに」

知っている毛糸の種類といえばカシミア一択。
珠希は恥ずかしさに顔を赤らめる。

「いいんだよ。珠希はそのまんまで。アルパカとおなじように丁寧に触れて、長く楽しませてもらうから」

絞り出すような声でそう言って、碧は再び珠希を抱きしめた。

「ありがとう、珠希。……愛してるよ。……的外れなことを言って、ごまかすのが下手なところも全部」
「あ……」

初めて愛していると言われて舞い上がった途端、やっぱりばれていたのだと恥ずかしくなる。
珠希はどうにも混乱する気持ちを持て余し、勢いよく碧の胸に飛び込んだ。




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