エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「笹原先生から、珠希に謝っておいてくれって頼まれたよ。うちの病棟に来てたんだな」

食事を始めてすぐに、碧は思い出したように口を開いた。
そして待ちかねていた好物の生姜焼きに箸を伸ばす。
口に入れる前から満足そうな表情を浮かべているのがおかしくて、珠希はそっと笑いをかみ殺した。

「一階で偶然笹原先生とお会いしたんです。五年ぶりの病棟だったので、少し緊張しました」
「うん……だろうな」

碧の手が一瞬震えて、箸の間から生姜焼きが取り皿の上にぽとんと落ちる。

「でも、意外に平気でした。忘れてた、というか思い出さないようにしていたいろんなことがよみがえってきて、楽しかったです」
「そうか。だったら良かった。あ、遥香ちゃんからの手紙も預かってるから、あとで渡す」

碧は安心したように笑い、再び生姜焼きの皿に手を伸ばす。

「笹原先生から珠希が病棟まで来ていたって聞いて、気になってたんだ」
「……ですよね」

五年前白石病院で祖父を亡くして以来珠希が白石病院を苦手にしていたことは、すでに碧に話してある。
病棟まで珠希が来ていたと知って、心配していたのだろう。
安心したのかもりもり生姜焼きを食べる碧を眺めながら、珠希も箸を伸ばした。

「碧さんの白衣姿、やっぱりかっこよかったです」
「え、いつ? 結構今日はバタバタしていて気づかなかったけど。だったら声をかけてくれたらよかったのに」
「あ、それは。そうですけど」

悔しそうに眉を寄せる碧に、珠希は言葉を濁す。

「実は。ごめんなさい。聞いちゃったんです」

珠希は箸を置き、頭を下げる。
黙っていようかとも考えたが、やはり嘘はつけない。

「聞いたって、なにを?」

珠希の変化に気づいた碧も、目を細め箸を置いた。
珠希は困ったように目尻を下げる。

「怒らないでくださいね」

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