エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
その晩ふたりはベッドに入るまでの時間を、防音室で過ごしていた。
珠希は毎晩ここでクリスマスイベントで弾く曲の練習をしているのだが、急遽決まった拓真との競演のおかげで新たに二曲練習しなければならなくなり、練習時間も必然的に増えている。

「今の演奏は、完璧じゃないのか?」
「そう聞こえるかもしれませんが、実はいくつか音符を飛ばしちゃいました」
「へえ。素人にはわからないから、別に気にしなくていいと思うけど?」

リラックスした様子でソファに座っている碧に、珠希も同意する。

「実は私も教室で教えるとき以外はそう思いながら弾いてるんです。楽しいのが一番なので」
「だよな。だったらこれ以上練習する必要あるのか?」
「あるんです。なんといっても和合拓真との競演なので」
珠希はエレクトーンの設定を変更しながら、思っていた以上に大変だなと苦笑した。

「今日一曲合わせてみたんですけど、お兄ちゃん、びっくりするくらい完璧だったんです。自宅にグランドピアノを置いているので絶対に毎日練習していると思います」

本人もそれを認めていたが、拓真のことだから、当日までにさらにブラッシュアップしてくるはずだ。
ピアノに関しては完璧しか認めない拓真にとって、会場の収容人が三百人程度で素人ばかりが見に来るイベントであっても、ヨーロッパの有名コンクールに参加するときと同じだけのレベルに仕上げてくるに違いない。
今となってはもう遅いが、和合拓真の久々のステージなら、観客席で聞きたかったと、後悔ばかりだ。

「今日はもう十分練習したからいいと思うけど?」
「碧さん……」

いつの間に近くに来ていたのか、背中から伸びた碧の手が、珠希のパジャマの胸元のボタンを外していく。
碧は珠希がここで練習するのを一時間以上見ていたが、いよいよ待ちくたびれたようだ。

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