エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
それから事務局への挨拶を済ませ、珠希が白石病院を出たとき、スマホに碧からメッセージが届いた。
仕事が終わったようだ。
【病棟を出た。今どこにいる?】
急いでいるのか簡潔な文章に、珠希は笑った。
【一階ロビーにいます】
珠希が送信したと同時に足音が聞こえ振り返ると、病棟に続く通路からやってくる碧の姿が見えた。

「碧さん、お疲れ様」
「ああ、珠希もお疲れ様。笹原先生に聞いたけど、今日、弾かなかったんだって?」

やって来て早々、碧は神妙な表情で珠希に問いかけてきた。
碧は今日、急患が続きイベントに来られなかったのだ。
碧は珠希の手を取り、歩き出す。
碧が予約している店で、鍋料理を楽しむ予定なのだ。

「そうなんです。時間切れで、弾けなかったんです」
「時間切れって、そんなこと、あるのか?」

眉をひそめる碧に、珠希は大げさな動きでうなずいた。

「それがあるんですよ。なんせ和合拓真が登場しちゃったので、まあ仕方がないですね」

あっけらかんと話す珠希を、碧は複雑な表情で見つめている。
珠希が落ち込んでいるのかどうか、考えているのだろう。

「私なら大丈夫ですよ。気にしないでください。だって、あんなにうれしそうにしてる子ども達を見たら、私までうれしくなったんです」
「そうか」

相変わらず元気のない碧に、珠希は苦笑する。
碧に元気がないのは、クリスマスイベントで珠希が演奏できなかったからだ。
シークレットゲストとして登場した拓真の演奏をもっと聞きたいというアンコールが止まらず、珠希の出演時間をカットし、拓真の演奏を続けたのだ。
アンコールの途中、小児病棟に入院している子ども達の中から体調に問題のない子どもたちがステージにあがり、即興のピアノ教室も開かれた。
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