エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
普段触れることのない楽器に子ども達は大喜びで、目を輝かせていた。
珠希もステージに上がって拓真のアシスタントとして子ども達に指導したのだが、とても楽しくて、新しい日常に足を踏み入れたような気がした。
病院を出て、タクシーをつかまえようと大通りに出たとき、珠希は数歩前に回り込み、碧を見上げた。

「碧さん」

珠希は意を決して口を開く。

「前に碧さんが言ってくれたように、我が家の防音室で音楽教室をしようと思ってるんです。身体に弱点があって、配慮が必要な子ども達のための音楽教室。迷惑はかけませんから、考えてもいいですか?」

あの家はもともと碧の家であり、エレクトーンも碧からのプレゼントだ。
珠希は碧の同意がなければあきらめようと考えていた。

「迷惑なわけないだろう? なんなら俺も手伝うよ。医師がいれば、参加できる子どもの範囲も広がるし、親も安心だ」
思いがけない碧の言葉に、珠希は笑顔を弾けさせ、文字通り飛び上がって喜んだ。
「ありがとうございます。碧さんが一緒なら、本当に実現できそうです。早速考えてみますね。うれしい」
「おい、喜ぶのはいいけど、まずは食事だ。昼も食べてないんだ」

碧は珠希の肩を抱き、歩みを速めた。
よほどお腹が空いているようだ。

「予約の時間には間に合いそうですね」

碧を見上げれば「余裕」と笑顔が返ってくる。
患者の容態次第では今日も帰れないと言われていたが、こうしてクリスマスの夜を一緒に過ごせることになり、珠希ももちろん笑顔だ。

「あ、明日の衣装合わせ、楽しみですね」

白石ホテルに出向いての衣装合わせには双方の両親も参加する。

「珠希は母親達の着せ替え人形になりそうだな」

碧は冗談めかして言っているが、きっと冗談で終わらないはずだ。


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