エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「またまた。それだけかわいいのに、今まで恋人がいたことがないなんて、どれだけ理想が高いのよ。どこかで手を打つことをお勧めする」

志紀の力強い言葉に曖昧にうなずき、珠希はちょうど開いたエレベーターに乗り込んだ。
同じような言葉をこれまで何度も言われてきたが、この年になっても初恋すらまだなのだ。
理想が高いと言われてもぴんとこない。
珠希は恋愛に関する自分のポンコツぶりに肩を落とし、ひとまず話題を変えた。

「志紀はこの後レッスンが入ってるんだよね」
「うん。エレクトーンの個人レッスン。珠希は? 今日はもうレッスンはないの?」
「うん、レッスンはないんだけど、これから来月のクリスマスイベントの打ち合わせが入っていて」

珠希がその先を続けようとしたときエレベーターが一階に着き、ふたりは揃ってエレベーターを降りる。
目の前には外来受付があり、明るく広い待合の長椅子に大勢の患者が腰かけている。
午前診が終わり、会計を待っているようだ。
ここ大宮病院は、病床数は百五十ほどで、診療科目は八つ。
整形外科と内科疾患については医師が二十四時間常駐する、地域のかかりつけ病院をうたう救急病院だ。

「イベントって、ああ、白石病院の?」

出入り口に向かいながら、志紀が話を続ける。

「そう。これから当日の曲目とかの打ち合わせをする予定なの」

珠希が腕時計に視線を落とすと、ちょうど十三時になったばかり。
ここからタクシーで二十分もあれば白石病院に着くはずだ。
十四時の約束には余裕で間に合いそうでホッとする。

「和合さんですよね」

そのとき、背後から声をかけられた。

「え……?」

振り返ると、スーツ姿の男性が珠希を見つめ立っていた。

「あ、大宮さん」

珠希は表情を固くし、そっと後ずさる。

「やっぱり和合さんでしたね。たまたまお見かけしてつい声をかけてしまいました」
< 2 / 179 >

この作品をシェア

pagetop