エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「だから……あの。この楽譜は、お守りのようなものだと言って遥香ちゃんにプレゼントしていただけますか?」
「お守り?」

困惑する碧に、珠希は深くうなずいた。

「手足が思うように動かせない中でのレッスンは、大変だと思うんです。それこそグリシーヌの曲を弾けるようになるまでは何年もかかるだろうし」

珠希は表情を曇らせうつむいた。
レッスンを勧めたものの、いざ遥香がその気になっていると聞いてから、それは安易な提案だったかもしれないと悩んでいたのだ。

「どうかした?」

突然黙り込んだ珠希の顔を、碧は心配そうに覗き込む。

「あ、いえ。その……ただ、手足にハンディがなくてもうまく弾けずに辞めてしまう生徒は少なからずいるんです。遥香ちゃんにも辞めたくなるときがあると思うので、そのときにこの楽譜を見てグリシーヌの曲が弾けるまでは頑張ろうって思ってほしくて」

エレクトーンが遥香のリハビリの後押しとなり気分転換になればいいと思って勧めたが、つらい時間もあるはずだ。まだ八歳の彼女に耐えられるのか、心配なのだ。

「だから、お守り?」
「はい。これを励みに取り組んでもらえればと思ってます。それと……あ、これも」

珠希は辺りを見回し少し離れた場所に並べられていたCDを一枚手に取った。
グリシーヌのCDだ。

「これ、この間私が弾いたクリスマスソングが収録されているんです。だからこれも一緒に」

自分で弾けないとしても、素敵な曲だ。
エレクトーンの練習やリハビリを頑張る後押しのひとつとして聴いてほしい。

「音楽には身体のメンテナンスや精神面のリカバリーにつながる力があります。だからグリシーヌが好きな遥香ちゃんには、彼らの音楽で癒やされてリハビリも頑張ってほしいんです」

男性に慣れていなくても、音楽に関してならスムーズに言葉が出てくる。
珠希はひと息にそう言って、ホッと息をついた。
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