エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「メンテナンス……そうだね。音楽には医療的なサポートとは別の切り口で患者を助けられる力があると思うよ」

珠希の上気した顔を見つめ、碧は穏やかな笑みを返す。
決して珠希の思いを否定しない柔らかな物腰に、珠希の脈が速くなる。

「あ、あの」

その音を碧に聞かれてしまいそうで、珠希はごまかすように声を張り言葉を続けた。

「それにこのジャケットのグリシーヌがとても素敵なんです。私も部屋に飾って毎日眺めてます。とくに藤君が大好きなんです。顔はどの角度から見てもかっこよくて色気もあるし、見ているだけでドキドキするんです。ライブで歌声を聴いたときには思わず泣いちゃうくらい素敵な声で……遥香ちゃんもファンだから喜んでくれますよね」

デビュー時から応援している珠希は、ついつい気持ちを昂ぶらせ熱く語ってしまう。
五人のメンバーの中でも、藤夏目の大ファンなのだ。
長身でスタイルがよく小顔にバランス良くおさまった切れ長の目や色気のある唇が印象的な、国民的アイドルだ。

「楽譜と一緒に、このCDも遥香ちゃんに渡してもらえますか? でもファンなら持ってるかもしれないですね」

珠希はCDを碧の目の前に両手で差し出した。

「へえ、藤君か。悪い、よく知らないな」

それまでの優しい声から一変、感情が読めない低い声が珠希の鼓膜を揺らした。

「あ、あの?」

顔を上げると、碧が眉根を寄せ珠希を見つめている。

「かっこよくて色気がある……ね。まあ、たしかに。男女問わず人気があるのもわかるよな」

素っ気ない口ぶりに、珠希はなにか気に障ることでも言ったのかもしれないと、表情を固くする。

「あの、どうかしましたか? もしかしてグリシーヌのことあまり好きじゃないとか。だったら……」
「そうじゃない。ただ、やっぱり芸能人には敵わない……いや、なんでもない」

碧はハッと片手で顔を覆って隠すと、珠希からぷいと視線を逸らした。
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