エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
見るといつも温和で落ち着いている父とは別人のようで、珠希は眉をひそめた。

「碧君のこと、気に入らなかったのか?」

探るような父の声に、珠希はぴくりと肩を震わせた。

「えっと……宗崎さんは、とても気を使ってくれて、今日は楽しかった。できればまた会いたいと、私は思ったけど」
「そうか、だったら問題ないな」

ホッとしているとわかる父の声音に、珠希は首を横に振る。

「だけど、結婚はしないから」
「え、どうして……」

珠希は傍らの母が息をのむのを感じた。

「は? なにがあったんだ?」
「父さん?」

悲しそうな表情を浮かべている父の姿に、珠希はそれまで感じていた違和感の正体を、理解できたような気がした。
予想していた通り、和合製薬の経営状況に問題があるのだろう。

「珠希は今まで誰ともおつき合いをしたことがなかったから、少し臆病になってるのよね。突然結婚の話が出て、びっくりしただけよね」

母にしては珍しい早口な声が部屋に響き、珠希は自分の考えが間違っていないと改めて実感する。
両親が珠希と碧との結婚にやけに前のめりなのは、会社を建て直すためだからだろう。
そう理解したと同時に、珠希の中に迷いが生じた。
碧とは結婚しないと決心したものの、ここまで碧との結婚を望む両親の姿を見せられて、考え直すべきかと気持ちが揺れている。

「それも碧さんみたいに素敵な男性が相手じゃ不安になるのも仕方がないわ。だけど大丈夫。碧さんは珠希を大切にしてくれるし幸せになれるわよ。第一、碧さんのような素敵な男性と、この先縁があるとは思えないもの」

そのことなら珠希もよくわかっている。
わずかな時間を一緒に過ごしただけで、彼の魅力に心がぐっと掴まれたのだ。

「だけどね、だから、結婚できないの。宗崎さんが素敵な人だから、結婚できない」
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