エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
珠希はスマホに届いた碧からのメッセージを読み返しながら、辺りを見回した。

「あ……」

すぐ目の前のホテルの入口近くに、碧が立っていた。待ち合わせの時間にはあと十分あるが、早めに来ていたようだ。

「モデルみたい……」

長身で遠目からでもわかるスタイルの良さは周囲からの目を引き、細身のブラックジーンズとキャメル色のショートコートがよく似合っている。
清潔感のある短めの髪が整いすぎた顔を強調していて、珠希はその見栄えの良さに圧倒された。
白衣姿に続いて目にしたスーツ姿もかっこよかったが、カジュアルな装いも文句のつけようがない。
珠希はグレーのニットワンピースの上に濃紺のロングコートというとくに特徴のない自身の服装を見下ろした。
どれも上質の素材で仕立てられたお気に入りだが、碧と並ぶと色あせて見えそうだ。
せめて昨夜のうちに連絡があればもう少し身なりに気を使えたのにと、珠希は肩を落とした。

「お疲れ様。仕事帰りに呼び出して悪い」

聞き覚えのある声に慌てて顔を上げると、碧がゆったりとした笑みを浮かべ珠希の顔を覗き込んでいる。

「あ、あの。お久しぶりです」

珠希は慌てて頭を下げた。
心の準備ができる前に声をかけられ落ち着かず、視線をさまよわせてしまう。

「どうした? 顔が赤いけど、電車で人酔いでもした?」

すぐさま碧は顔を近づけ、珠希の顔色を確認する。そして頬を手の甲でなぞるように撫で、心配そうに目を細めた。

「あの、大丈夫です。電車が暑かったかもしれません」

医師の顔を見せる碧に珠希は慌て、首を横に振る。

「熱はないようだけど、今日は一段と寒いから風邪には気をつけて」
「は、はいっ」

珠希の鼓動が大きく跳ねたのは、不可抗力だ。遠目からでも見とれるほどの端正な顔が間近に迫ってきて、平静でいるのは難しい。
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