エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
白石グループということで馴染みがあるのかもしれないが、白石病院から一駅という立地も、碧がここを選んだ理由なのかもしれないと、珠希は思いつく。
呼び出しがあってもすぐに病院に駆けつけられること。
それが店を選ぶ基準だとすれば、たとえ病院を離れていても、碧は仕事から完全に解放されているわけではないということだ。
それを受け入れている彼の医師としての真摯な気構えには、頭が下がる。
ホテルのロビーを颯爽と歩く碧の背中を見つめながら、珠希はますます碧に惹かれていく自分を意識した。
碧が珠希を案内したのは、ホテルの上階にある鰻料理の店だった。地方に本店を構えている有名店で、珠希も名前だけは耳にしたことがある。
ダークブランを基調にした店内は漆黒色の家具で統一されていて、店全体に品がある。
ふたりが通された最奥の部屋は十畳ほどの和室で、部屋に足を踏み入れた途端、部屋の
奥に飾られているシクラメンが目に入った。
クリスマスシーズンに入っているからだろう。落ち着いた室内に彩りを添えている。

「今さらだけど、鰻で良かった? もしも苦手なら、なにかほかに食べたいものを追加して
くれていいから」

注文を聞き終えた仲居が部屋をあとにするのを待って、碧は珠希に尋ねた。

「いえ、注文をお任せしてすみません。鰻は私も大好きです。というより、好き嫌いがな
いので気にしないでください」
「そう。よかった」

大きな一枚板の座卓を挟んで向かい合い、碧はホッとたようにうなずいている。

「疲れると無性にここの鰻が食べたくなるんだ。個室は静かで落ち着くから、それも気に入
っていて。この間といい今日といい、俺の好みを押しつけて、悪い」
「いえ、名前だけは知っていたんですけど、初めて来たのでわくわくしてます」

珠希はにっこり笑い、部屋を見回した。
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