エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
「あ、あの、宗崎さん? もうすぐお料理が運ばれてくると思うんですけど」

膝が触れ合うほどの近い距離にいる碧から、珠希は思わず後ずさりする。

「そうだな」

碧は戸惑う珠希の言葉をあっさり聞き流すと、彼女の目の前に、二通の封筒を差し出した。

「プロじゃなくても、人を喜ばせたり感動させたりすることはできる。これがその証拠」
「え、証拠? これを私に?」

珠希は訳がわからないまま、差し出された二通の手紙と碧の顔を交互に眺めた。
ひとつは綺麗な桜色の小ぶりの封筒で、もうひとつは子どもたちに人気のアニメキャラクターのイラストがかわいい封筒だ。

「わごうたまきさま……?」 

アニメキャラクターの封筒の宛名の欄に、珠希の名前が記されている。
珠希はおずおずとそれを受け取り、差出人の欄を確認する。

「みよしはるか……え、遥香ちゃんですか? これ、遥香ちゃんから私に?」

思いがけない名前に、珠希は声を張り上げる。
碧はしてやったりとした笑みを浮かべた。

「遥香ちゃん、来週退院するからクリスマスの珠希の演奏を聞けないだろ。自宅も遠いしね。かなり落ち込んでたけど、いつか珠希と一緒にエレクトーンを弾けるように、今はリハビリを頑張るって言って張り切ってる。これはそのお願いの手紙」

碧の話が終わるのを待たず、珠希は封筒から手紙を取り出した。
【たくさんれんしゅうしてグリシーヌひけるようになりたい。たまきさんといっしょにひきたいです】

「私も一緒に弾きたい……」

珠希は手紙を何度も読み返し、遥香の思いに胸を震わせた。
手紙の文字はすべてひらがなだ。骨折して以来治療とリハビリを続けている手で書いたのだろう。
かなりの時間をかけて書いたとわかる丁寧な文字。
珠希は遥香が一生懸命鉛筆を握る姿を思い浮かべ、泣きそうな気持ちになった。
というよりも、すでに涙が頬をつたっている。
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