エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
結局、記入に四苦八苦している碧を刺激するのはまずいと思い写真はあきらめたが、書き損じた四枚の用紙は記念に残しておくことにしたのだ。

「私以外誰も見ないので、気にしないでください」
「……約束な」

素っ気ない答えに珠希がうなずくと、碧は肩をすくめて立ち止まった。

「そうざ……碧さん?」

珠希は突然足を止めた碧に声をかけたものの、まだまだ〝碧さん〟には慣れていない。
つい今までのように〝宗崎さん〟と言いかけてはそのたび途中で言い直しているのだ。
珠希が間違えそうになるたび碧はのどの奥で小さく笑い、慌てる珠希の様子を楽しんでいる。
そんなときの碧はいたずら好きの小学生のようで、ここでもまた脳外科医のイメージからかけ離れている碧の素顔に、珠希は毎回胸をときめかせている。
それこそわざと言い間違えてしまいたくなるほどに。

「あの店だな」
「え……店?」

立ち止まりふとつぶやいた碧の視線を追いかけると、広い道路を挟んだ向こう側の通りに並ぶ、いくつかの店が目に入った。
この辺りはオフィス街であるにもかかわらず、一部ハイブランドのショップが軒を連ねる人気のエリアだ。
仕事帰りの会社員を客層のメインターゲットに据えていて、珠希も何度か訪れたことがある。

「予約を入れておいたから、すぐに応対してもらえるはずなんだ」
「予約って、あの中のお店ですか?」

碧は珠希の言葉にうなずき腕時計で時間を確認する。

「入口に黒服の男性が立っている宝石店。最近結婚した同僚に教えてもらったんだ。良心的な値段で質がいい石を用意してくれるらしい」
「え……」

宝石店と聞いて、珠希は途端に緊張する。
もともと貴金属に興味がなく、所有しているものといえば、成人のお祝いに両親から贈られたパールのネックレスとイアリングだけ。
碧の視線の先にある高級感溢れる店構えを眺めながら、珠希はひっそり息をのんだ。

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