エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
そのとき近くの信号が青に変わり、碧は珠希の手を引いて歩き始めた。

「あの、宝石店でなにか買うんですか?」

広い交差点を引きずられるように歩きながら、珠希は碧に声をかける。
緊張していて足取りは重い。

「結婚指輪。入籍記念に今日の日付を刻印してもらいたいんだよな。結婚式まで半年もあるから、とりあえず指輪だけでも身につけておこうと思って。いい考えだろ」

早足で交差点を渡りながら、碧は誇らしげに笑う。

「それはそうなんですけど。あの、私そういうお店には縁がなくて」

大企業の社長令嬢とはいえ、そのイメージ通りの育てられ方をしてこなかった珠希は高級店に慣れていないのだ。
緊張ばかりで指輪どころではない。
できれば百貨店のジュエリー売り場のような、オープンで気楽に立ち寄れる店舗のほうがいい。
そんな珠希の思いを察する気配のないまま、碧は宝石店に向かって歩みを進めている。

「俺、あんな高級店に入るのも、指輪を買うのも身につけるのも初めてだ。意外にわくわくするものなんだな」

その言葉通り、碧は交差点を渡り終えた勢いのまま、珠希を連れて弾む足取りで宝石店に足を踏み入れた。



 
碧の自宅は駅から歩いて十分ほどの場所に建つ五階建ての中層マンションだ。
セキュリティに配慮された設計で、一階ロビーには警備員とコンシェルジュが常駐している。
全国数カ所に建設されていて、どこも分譲開始と同時に即完売という人気の物件だ。
学生時代に投資で得ていた利益を使って一年前に購入したらしい。
4LDKの広い室内は全体がライトブラウンで統一されていて、優しい雰囲気だ。

「風通しがよくて気持ちがいいですね。日当たりもいいし、春になったらここでのんびり読書でもしたいです」

リビングからバルコニーに出た珠希は、格子状のフェンス越しに敷地内に植樹されている木々や住民の子ども向けに整備されている広場を眺めていた。

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