エリート外科医との政略結婚は、離婚予定につき~この愛に溺れるわけにはいきません~
十二月にしては気温が高いせいか、南側に面したバルコニーはとても温かく日射しが気持ちいい。

「俺もこのバルコニーが気に入ってここを買ったんだ。ほぼ即決」

キッチンでコーヒーを淹れていた碧が、バルコニーに出てきて珠希の隣りに並ぶ。
広いバルコニーには四人掛けの木製テーブルと椅子が用意されていて、見れば碧が淹れたコーヒーがふたつ置かれている。
碧は宝石店からの帰宅後すぐに着慣れないスーツを脱ぎ捨てて、ラフな普段着に着替えていた。気取りのないジーンズとパーカーを着てもスタイルの良さは一目瞭然で、珠希は見とれそうになるのをこらえ、そっと視線を逸らした。
平静を装っているが、お互いの身体が触れ合うほどの近い距離に、鼓動が跳ねてどうしようもない。
今日からここで一緒に暮らすというのに、こんなことで大丈夫だろうかと、珠希はひっそり息を吐き出した。

「夏はここで同僚たちとバーベキューをしたんだ。来年は珠希も一緒にどう?」
「すごく魅力的ですけど、実は私、バーベキューの経験がないんです。だから足手まといでお役に立てないかと……」

珠希は力なくつぶやいて、しゅんと肩を落とす。
子どものころからピアノの練習に多くの時間を割いていて、バーベキューどころか映画鑑賞もスポーツ観戦もほぼ未経験。
就職してようやく音楽以外のことに目を向ける時間を持てるようになったが、今も自分の知識の乏しさや経験値の浅さに落ち込むことが多い。

「お料理だけは母に仕込まれたのでそれなりにできるんですけど。それ以外のことはまだまだこれからです。バーベキューも、ドラマの中でしか見たことがないような気がします」
「じゃあ、初めてのことだらけってことか」

意外にも楽しそうな碧の声に、珠希は顔を上げた。

「それって楽しそうだな」

碧は目を輝かせ、珠希の顔を覗き込む。

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