断片集

言い訳を探しているのに、話を聞いてもらえなくて、悲しくなる。
全部がそういう風になっていくんだろうか。
なにもかもが嫌な感じにとられてしまうのだろうか、だとしたら、何も言わない方がいいかもしれない。いつも上手く伝えられないみたいだ。
でも自分が傷付いていることだけは隠しておきたいと思っていた。
どの立場で、と言われると思ったのだ。
今、もしそう言ったなら言われているのだろうか。
でも辻褄を合わせたら全部こういうことになる。
具体的に言うのを避けて、隠そうと思った。日記にしてしまおうと思った。
世界に八つ当たる醜い日記だった。
だから、あまり見られてはいけないものだったな、と思う。
傷つけたくなくて、遠ざけた。そして結局傷つけてしまう。
あの人も、あの子も、誰のことも。そうだった。それだけだった。
実験なんてしていない。
ただ、ただ、みんなで分かち合いたいなって、そう思ったんだよ。伝え方が良くなかったのかもしれない。
いつも良くない。
言葉がいつも通じなくて困っているんだ。
言語が同じのはずなのに、どうしても通じない。
なんでだろう。もしかして今も、通じていないのだろうか。
だとしたら、もう何も話さないでおこう。
「は、話を、聞いてよ……待って、違うんだよ、居ると信じているんだ!」
「なにが」
「みんなで話せる話題だけどみんながそれに気を遣っているだけなんじゃないかなって、そう思っていたんだ、どこにでもある話じゃないかな? って思っているんだ。だからもっともっと深く話が出来たらいいなあって、ただ、そう言いたかったんだ」
「居ないよ。そんなの考えるわけないじゃない」
「そう、だよね。上手く言えなかった。ごめんなさい。もし居るのならみんながそうなのに誰にも言えないなんて寂しいって思ったんだよ、だから」
何をかわからない。でも、つらくて、なにか、やめて欲しかった。
いや、やめたくなって逃げ出したかった。心をかきむしられていくみたいなこの痛みを、いったいどうすればいいのかわからない。この痛みさえも、悪い方にとられてしまいそうだ、という言葉さえも皮肉のように聞こえてしまうのだろうか……どうしよう、上手く伝わる言語が見つからない。もう喋らない方がいいのかなと思ってしまう。
もともと誰かを傷つけたい性格でもないけど、なんだかこれでは同じことだ。
「いるわけないでしょう」
「いないとしても、信じていたいよ」
「架空の中にしか居ないよ」
「そうなのかな、でも架空のなかにも架空の現実があるよ、だから、その中では実在するじゃない?」
「でも居ないんだもん」
「きみは悪くないと思うんだ。けどね、きみといると、その考えとは違うぼくは、傷付いてしまう。だから」
「なにそれ、面白いじゃん。どうして傷付くの?」
「それは、ね……」
そんなことまで、面白がられるのかと、思う。
面白いと感じるのもどんな解釈があるのも自由だ。
なのにその自由が怖い。
たった一人で戦っているみたいになってくる。
何を言っても上手く伝わらないのが怖い。
何も言わなくても伝わっていく何かがこわい。
ああ、でも、怖いってことは、まだ誰かを傷つけるのを恐れることが出来る人間性が残っているらしいのだ。少し安心する。
でも、やっぱり閉じこもっておけばよかったかなと思う。
たまに、
どこにも故郷の星が無いんだろうなって。




















だってあれは「謎」だ。どこかしらで、誰かのかかえる現実なんだよ。
だからそれに、ちゃんと向き合っていくために語ったのに。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



違う、と言えないまま、目の前がぼやけていく。
最低? なにから、どこまで。
「最低だよ! よくそんなことが言えるよね」
誰かが言ってる。
自分は何もしてない、こいつがおかしいっていう、そんな自信に溢れている。

普通の気持ち。
(はあ。最低。か…………)
目の前で、その子と、そして別の誰かが怒っている。
数が増えてくる。
そうだそうだ、と合唱が始まる。なんだか、だんだん頭が痛くなってきた。
何が、誰が、どこが、どこから?
わかんない。
どんな気持ちで、どんな考えかなんてさ。
聞かれること自体が。
どうして。どうして。『人間』だよ。
「他人の気持ちも、考えて」
誰かが言う。粘度を持ち、脳裏にこびりつく言葉。
「だったら!」
だったらぼくの話も、聞いてよ。
誰も、聞いてくれない。
それは、その場に残されるぼくにはヒトの気持ち、と聞こえていた。


「ご、ごめん……ちがうんだ、ただ…………!」
叫びは、誰にも届かない。ただ、
ただなんだろう。
けど。
背中が遠ざかっていく。
何から、どこまで悪いのだろう。意味がどこかで曲解され、次第にずれて伝わって、誰かの独断で歪んでいく、そんな漠然とした不安感に、取り残されてしまいそう。
まるでどこにも味方が居ないようなそんな気がして、怖くなっていく。
やっぱり、こうでなくちゃってくらいに、世界は黒くて、歪んでいる。
なぜだろう、いつも言葉が通じないのだ。
誰かが勝手に怒って、意思と逆の読み方をされて、それで離れていく。
「いいよねー! 特徴があって!!」
困惑していた中、廊下に出て行ったぼくに、誰かがすれ違いざまに囁いて、クスクス笑った。
「…………っ」
そのとき。
とうとう、言葉を失った。別に、よくも悪くもないけどな。
よくわからないけど、いろんな何かを、持っていたはずの大切なものを、誰かに代わりに全部取り払われてしまったようなそんな気分になったのだ。
手元に、何も残らなくなってしまったみたいな、そんな空っぽの気分だ。
もちろんそれは気のせいなのだ。だけど、問題は「あれ、自分は何をしたかったんだっけ?」 と、根拠にしていたものが、揺らいでしまったことだった。
だから、これまで語っていたことをやめてはいろいろやってみたけど、なかなかしっくり来なかった。
先月、お見舞いに行った病室で一緒にホラー映画を見た際には、主人公がゾンビを縛り付けて閉じ込めようが「ふーん」って感じだった。クマも、むしろ嬉々として主人公を応援していた。クマに監禁されたことがあるぼくは、どうも、それほど大した表現であるとは認識していなくて、あとで幼馴染のユキにその話をしたら、かなり引かれた。
そこまでする? ってことだったけど、フィクションだしホラーだし、と思った。
ユキは、残念そうにぼくを見ていて、あれ? って感じ。
盛り上がってくれるって、思ったのに……どうやらクマに毒されているらしい。
でも、その後で観たミステリーはちょっと怖かった。恐ろしき錯誤、だったと思う。
おかげで眠れなくなってしまって、クマに電話をかけたら「あのホラーは平気なくせにどうしてそっちが怖いの」と笑われた。錯誤は怖い。
微妙に事実が絡んでいるからこそ、誤解に気付きにくくなるし、互いにしなくてもいい不安を気にしなきゃいけなくなる。
怖いじゃないか。
クマは笑っていった。「いっつも経験しているのに、こわいんだ?」
だからだよ。ぼくは言う。

「…………」

目を覚ます。なんだか激しく動悸がしている。
寝付けなかったから、頭がぼんやりしている。
昔の夢を見た。ぼくは、そうだ、確か普通の子の居る病棟で知り合った子達と揉め事を起こしてしまったのだっけ。そう、それで、あそこに居られなくなったんだ。
いつだって正義は、誰かに決め付けられている。ぼくの入る隙間なんて無くて。それでも良かった。ユキを見つけたときだって、×××を、庇ったときだって、そう。
「誰も聞いてくれないどころか、『きみはおかしい』って、CTに連れてかれるんだもんな……あれは、もう」
あの頃は今も恨まれているけど別にいいや。
真の居る病室の方を、あいつらが「変なやつの集まる場所」って感じで、変な目で見てくるから、ごく普通の病室だよ、そんなこと言わないで、異常なんてどこにもないよって、言って。それが伝わっていると思い込んでいた。
だってそれは当たり前のことだったんだから。でも、よくよく考えたら《あえてそういう風に庇ってる変なやつ》って思われていたんだ。あの子たちには『普通だけど異常だよな』みたいに思われていたのだ。
やっぱりこれを、ありふれた日常、と呼んじゃいけないのかな。

救いだったのは真と、××ちゃんだけ、その話を聞いて唯一、ぼくの気持ちを考えて、くれたことだった。
それで充分、嬉しかった。
なのに、もし変なことを言ってしまっていたらごめんなさい。
悪気はないんだけど、伝えようとすると、なぜか上手く行かないんだ。

でも……ちょっと残念だな。
『珍しがられない』居場所を欲しがっていたのにな。ぼくは、ごめん、と真に言った。そいつは、ただ、綺麗な目でこちらを見るだけだった。


「相変わらず、きみは無駄に諍いを起こしてくね」と、だけ言って、微笑む。
ああ。わかりあえないなぁ。
そう思って、なんだか悲しくて、星の綺麗な夜、窓を開けたまま、二人で静かに泣いた。
心の奥がかきむしられたようなそんな痛みが、ひりひりと貼り付いて、3日くらい泣いていた。
普通のことを、ただの自然を、願ってはいけないのかな、そんなことないよ、そう言い合った。
「いつか、一緒にここから飛び降りよう」3日目の朝が来たときには真が笑い、ぼくは頷いていた。二人で絶望を噛み締めて、それから、大笑いした。
あー。なんだか、昔からそうだな。
何かを守ろうとすると、結果的に、自分が敵みたいになっていて理解者はどこにも居ないのだ。あの構図には慣れているけどさ。

でも××ちゃんと、あの子は、聞いてくれた。「あー、おもしろ、相変わらずバカだね」とか言って、ぼくの失敗談を笑い飛ばしてくれていた。
なぜだろうか、あの面白い、は他のものよりも心地よかった。
「今日、出かけるんだったな」
身体を起こす。
行きたくない。
いや行かなきゃ。
チケットも、ただではないし。
知り合いのやっているイベントに招待されている。
机に置いている目覚まし時計の時間は朝6時。

◇◇
これでお仕舞いにする。




それに、もともと、この話はこれで終わるってつもりだった。
少し休もうっと。


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