断片集
廊下で、小さな女の子に会った。
5歳くらいだろうか。
ノースリーブで、赤地に白の花柄、裾が黄色のシャンプーハットみたいにひらひらしているワンピース姿。
髪は小さな、ピンクで透明のキューブの髪飾りでてっぺんを結ばれている。
「前世占いをしてあげる」
その子はそう言って、にこぉっと笑うと、こちらにやってきた。
「俺は何かな?」
同じく、ディナーショーに興味が無いのだろう、日扇街ナツがそこに居た。
ひおうぎ貝はなかなか美味しいらしいけど、ぼくは未だ食べたことが無い。
三重県とか、大体その辺に生息している二枚貝だった気がする。
その子の前で腰を屈めている。
その子は嬉しそうに、そいつの右手を引っ張って、しばらく、んー、とか考えるように唸りながらナツの手のひらを観察し、やがて微笑んだ。
「あなたは、もともと、人間じゃなかったみたいね」
「どういうこと?」
「うさぎさん。でも、調整が行われたのね……ハスキーボイスのうさぎさんと小学生って、組み合わせは微妙だもの。良かったわね、人間になれて」
微妙かなあ。
でもうさぎさんだったら、ぼくともう少し仲良くなれていたと思うよ。
人間よりは、もふもふの方が好きだもん。
「なんだ、そりゃ」
「前世を調整するところがあるの。私、知っているのよ」
女の子はえっへんと、誇らしげに言う。
「へぇ、そうなのかい」
ナツも、ただにこにこ話を聞いていた。
「当たってるかどうかは、あなたにもわからないわよね、でも、前世だからね。本当は他にも、あなただけじゃなく、いろんな子に、衝撃的な設定が連なってたんだけど……聞かない方が、いいかも」
女の子はよくわからないことを言いながら、うふふと微笑む。
「なんだそりゃ。まぁ、そうする。ありがとう。ちなみにそこに居る子はなんだと思う?」
ナツが、にやにやしながらぼくを指差してきた。
ちっ、気付いていたか。
「高校生。前世も、人間ね。一人称は『ボク』だった」
「あぁ……」
なんか聞き覚えあるぞ、それ。
「高校にもチョーカーを付けて行ってたわね」
「あー。それ、わりと近い前世だー……」
「好物は――」
「うあああ、好物はやめて、好物の話はホントやめて」
ぼくが呻くと、
ナツが首を傾げる。うん、知らなくて良い。
まさか××××で、××―×××だったとか、お前も聞きたくないだろ?
更に言うと、別に八つ当たりってわけでもない。
けど、上手い言葉が見つからない。
そのときだった。きゃああああああああああ、と声。
え、何、事件?
ぼくたちが、きょろりと首を回していると、後ろから何かに衝突された。
なんで突進するの、牛か何かなの?
思わず後ろに倒れそうになりながら、その正体に視線をやる。
「久しぶりー!」
ウエーブがかかった腰までの黒髪のお姉さんだった。
パッチワークみたいなワンピース姿。
頭には、黄色い小鳥の髪飾りだ。セキセイインコ?
小顔で、目がまん丸で、なんとなく透き通った雰囲気を持っていて、どことなく魔女っぽい。いろんな意味で人形みたいな人。
ええと。こんな知り合い、居たかな?
歳は近いと思うけど、何歳かはっきりしない大人っぽさもある。
彼女も、ファンなのだろう。
手にはりこりーんのサインの入った色紙を持っており、肩にかかっているメッセンジャーバッグからは、くまちゃんが顔を出している。
「相変わらず、可愛げの無い顔してるっ!」
「どうも……」
どういうことだよ、それ。
「あぁ、その、ぜんっぜん愛想の無い感じ、一部のマニアにはたまらないわね!」
…………。
この人、危険人物だ。念のために家から防犯ブザーを持ってきておいて良かった。
使うかも。こっそりとポケットの中を確認する。
「でも、もっとにこにこ笑ってもばちは当たらないわよ?」
彼女は、そう言って、ぼくに、さぁどうぞ! みたいな感じで見つめてきた。
にこにこ笑う、ってどうやるんだっけ。
わかんないな。
「うっわぁ、おねえさん、お久しぶりですぅ、元気でしたかぁ。もぉ、ぼくってば、随分とあなたをお見かけしないものだから、今どうしてるかなぁって、ちょうど考えていたんですよぉ。いやーん。超ぐうぜん、嬉しいなぁー。これから一緒にビリヤードでもします? うふふ、もぐら叩きでもいいんですけど、なんだか、久しぶりにはしゃぎたくなっちゃったなぁー!」
とりあえず、ある限りの気力で、精一杯の女子力を駆使してみた。