断片集
「××ちゃん、宿題、教えて」
夏のことだ。
病室の向こうに、一面、向日葵畑が見えていた。
青い空には、大きく、シーツ類がはためいている。
涼やかな風が、あまり開かないようになってる窓から入ってくる。
冷房は、故障中で、みんな、少し暑そう。でも、ぼくらは楽しかった。
一番懐いていた真が、アイスを齧りながら××ちゃんの膝の上に乗ると、彼は穏やかな目をして「おっいいぞー、俺は、小学校までは卒業してるからなァ」と誇らしげに言った。
「義務教育ってのはなァ、親に受けさせる義務があるだけでー俺にゃ義務はねぇ」を口癖にする××ちゃん。少し情けないところも、かなりとぼけてるところも、たまに驚くような知識を披露してくれるところも、みんなから慕われていた。
××ちゃんが「俺って愛されてるなァ」としみじみ言えば、一斉に『シャツがダサい』とか『髭を剃れ』とか、『はぁ?』とかが愛嬌で返ってくる、そういう関係。
単に自給が2000円だから応募した辺りが、××ちゃんの憎めないところだし、もはや誰でもいいやってくらいに誰も来たがらない場所だったから、やっぱり、××ちゃんはすごい。
「××ちゃんって、昔、塩男だったんでしょ?」
「サラリーマン、な? なんかそれだと狼男とかと並びそうで嫌だ」
「えー、何が嫌なの? かっこいいです」
「俺が?」
「まさか」
「まさかってお前」
「なんでやめたの。りすとら?」
かりかり、鉛筆が、紙の上を滑っている。
真の宿題はなんだろうと、ぼくは読みかけていた本を閉じて、少しベッドから降りて覗いてみる。
目の前のテーブルでは、××ちゃんが、真の椅子みたいになってる。
宿題は、国語の読解だった。
月の出ている夜に、こっそりと屋根の上を歩く、子どもたちの話だ。
「そうだなぁ。俺は、粋がってたんだな」
「なにそれ」
「ん? 思春期を卒業できない大人ってやつだよ……」
「ふーん」
「幼少期、とか、小学校とかでなァ。何かあって、通うことをやめたりすると、やっぱり、それは仕方が無いんだけど、周囲との……社会との触れ合いが制限されることがある。知らない人と話さなくなる。まぁ俺はそうだったんだよ」