断片集
どこかに『この謎』の存在を知ってる人が居て、それを探していることを、気付いていないだけじゃないか。だから、それを最初にぼくが語れば、いや、ぼくじゃなくてもいいからぼくが語ったことを誰かが思い出してくれて、それで誰かが語ってくれたら、他の人も、その『謎』を、勇気を出して語ってくれるんじゃないかな。 「大丈夫、それは個性でしかないよ」って前向きに伝えたかった。表に出しても大丈夫だ、って。
誰かが話せば話してくれるって思った。みんな、どこかしらそうで、悩んでいる。だけど、それを伝えてもいいのかわからないだけなのだ、と信じているからだった。だから待っていた。待っているのに疲れて、いっそのことぼくが話してみることにした。
「いろんな人が居てね。ぼくみたいな人や、あいつみたいに色が沢山見える人、怪力だったり、耳が良すぎたり、いろんな人が実在するんだよ! これが、普通のことなんだよ」そう語ったぼくに、しかし誰かが言う。
「面白いね!」その頃ぼくは、普通病棟の方に居た。暇だったので、同室で知り合った子どもに、実際に出会った人たちの話をした。きっとそのことについて興味を持って調べたり、全然違う視点からその人自身の自分の考えを伴って発表してくれたりして、きっとみんなで、もっとこういう話で盛り上がれると思った。そしたらぼくたちの孤独は無くなっていくはずだと思っていた。「うん。世界には不思議がいっぱいだろう?」「で、それってさー、どんな気持ちなの?」そう言いたかったぼくに、しかしその子は聞いた。悪気なんか一遍もないだろう。けれどまさか、そんな当然のことを聞かれるなんて思わずに、どくん、とぼくの心臓が跳ねる。しかしせっかく興味を持ってくれたのだし聞かないで、なんて言ったら、きっと、興味を無くしちゃうんじゃないだろうか。すれ違う看護師さんが「そのくらい答えてあげなさいよ」とぼくを叱る。胸が痛むのを堪えてどうにか語ると、その子は面白がって喜んで、他の子に語るけど、ぼくは、 実はそのたびに昔あった嫌な思い出がフラッシュバックしてきて吐き気を堪えていた。誰かに勇気を持ってもらうために真面目に語りたかった。真剣だった。
だけど勇気を持ってもらう前に、自分が歪んでいくみたいだ。それは怖いしあまりに不快な話だからもう聞きたくない、と、最初からそうなるのだと自分の価値観だけで勘違いしていた。けれどたまに誰かに応援されてしまうと孤独が増幅されてしまって、それをぼくは身勝手にも「つらい」と思ってしまう。それでも希望を探して呼びかける。そのループをやめられなかった。勝手に自分にとっては捨てたいような不快な(と思っていた)話をしておいて、自己嫌悪を繰り返す。ただ勇気を持って欲しかった。なのに、ぎりりと心が悲鳴をあげていた。頑張れという声さえも、《残念だったな、世界中どこでも、お前は一人だよ、いいネタでしかない》そういわれているようでもある。日に日に酷くなる。そんなものは黙って我慢すればいいのに。きっと今頃、失望されていることだろう。それは尤もなことで、深くお詫びしたい。しかし愚かにも身勝手な心痛に気をとられ周りのことに気付きさえしなかった。娯楽と扱われても仕方が無いことを覚悟した上で、関わりを持たなければ、それほど関心を持たれないなら、他人との壁が崩れないなら、それを受け止められる……とばかり思っていたのだ。他者を遠ざけてその《壁》を必死に守ろうとしていたのだ。じゃないと、その他者さえもいやになってしまうのではと恐かった。