冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い
「まさにチンチクリンじゃないっ……きゃあっ! ご、ごめんなさい!」
廊下の曲がり角でドスンと派手に反対方向から来た人と凛子はぶつかった。尻もちをついた衝撃で鞄を落としてしまい、中のお弁当はぐちゃぐちゃだろう。
凛子が顔を上げるとぶつかった相手は眉間に皺を寄せ、明らかに機嫌の悪い麗奈だった。不機嫌な顔をしているにも関わらず、美人という言葉が本当によく似合う。
「ったく、痛いゃないのよ。このチンチクリン」
麗奈は床に尻をつけたままの凛子を見下ろし悪態をついた。いつもなら悪口を言われても軽く聞き流せる凛子だが、今は無理だったようだ。溜まっていた涙がボロボロと頬を伝う。
「……リンなんて、分かってるもん」
泣きながら凛子はボソリと言った。
「はぁ? 何? 聞こえなかったけど」
麗奈はまだ凛子を見下ろしている。
凛子はガッと勢いよく立ち上がった。麗奈の顔の目の前まで凛子は背伸びをして顔を近づけ、睨み合った。
「チンチクリンなんて私が一番わかってるわよ! この美人!!!」
「はっ?」
麗奈は目を見開いて驚いている。凛子は大きな声で叫ぶと、また全力疾走で走り出した。
――悔しい、悔しい、悔しい!
何も知らないでヘラヘラ喜んでお弁当を作ってきた自分が馬鹿みたいだ。もらった防犯ブザーだって、子供扱いされて落ち込んでおきながらも結局嬉しくて鞄に付けている。自分だけが幼いまま取り残され、年を重ねるにつれどんどん格好良くなる優はいつか凛子の側から離れていってしまうのかもしれない。やっと大人になって、社会人になって、少し優に近づけたと思ったのに。
「そんなの……やだよぉ……」
ゆっくりと走るスピードが失速していく。たまたまたどり着いたリラクゼーションスペース。お昼時なのに誰もいない。渋谷食品には大きな食堂がある。多分社員たちはお昼は食堂で食べているのだろう。凛子は誰もいなくて好都合だと思い、リラクゼーションスペースにあるベンチに腰掛けた。
「うぅっ……ふっ……うっ……」
走ったせいで涙が顔中に巻き散ってしまい、顔のどこを触っても濡れている。
涙を拭こう。凛子はタオルを取り出そうと鞄を開けた。中にはランチクロスに包まれたお弁当が横たわっている。