冷徹社長は幼馴染の私にだけ甘い
凛子は悲しい事に悪口なら言われ慣れていた。中学、高校ともなれば凛子がイケメンの年上と仲がいいことを妬まれ、いじめにあったことも何度もあったのだ。それでもいじめに耐えられたのは大好きな優の存在があったから。隣の家に住む優はシングルマザーで仕事が忙しくなかなか家にいない凛子の母に代わって凛子のことをなにかと気にかけてくれていた。優にとって自分は年の離れた妹のような存在だということは重々承知している。それでも凛子は優のことを一度だって兄とは思ったことはない。ずっと、ずっと一人の男として優を見てきたのだ。念願の社会人になり、ようやく優の隣に立っても同じ大人として土俵に立てる気がしていた。
「入りなさい」
ふんっと顎で誘導された凛子はそっと社長室のドアを開けた。
「失礼します……」
中に入るとワークチェアに座っていた優が凛子の姿を確認すると優しく微笑み立ち上がった。
「凛子、入社おめでとう。よく頑張ったね」
優は凛子の目の前に立ち、嬉しそうに凛子の頭を撫でた。
「社長。あ、ありがとうございます」
「社長だなんて他人行儀だな。いつものように名前で呼んでくれ」
身長の高い優は腰を曲げて凛子の顔を覗き込んだ。
「優ちゃん。ありがとう。そしてよろしくお願いします」
「うん。凛子のこれからの活躍、期待しているよ。念願の社会人だもんな」
「優ちゃんの力になれるように頑張るね」
優は目を細めて「あぁ」と頷いた。優は周りからクールだの、冷徹だのと冷めた印象を持たれやすいが凛子はそう思った事は一度もない。キリッとした瞳は笑うと優しくなる。凛子、凛子と優しい声で名前を呼んでくれる。凛子がまだ学生の時は勉強を教えてくれて、正解すると優は凛子の頭を優しく撫でながら「よくできました」と褒めてくれた。美味しいご飯だって何度も作ってもらったことがある。とにかく凛子は優に対してクールなイメージは一つもないのだ。
凛子の中で優は常に自分の中で大切で一番の存在。優を好きだという気持ちは息をするように当たり前のこと。もし、優に対しての好きという気持ちを諦めなければならなくなった時、自分はきっと深い深い海の底に沈んでいくように息が吸えずにもがくだろう。上にあがりたい、優に助けてくれと手を伸ばしてしまう自分を想像できてしまう。
優が自分に優しくしてくれるのは妹のような存在だから。それは十分に分かっている。でも、やっと優と少しでも並べる社会人になったのだ。少しくらい大人扱いしてもらいたいと凛子は思った。