冷酷・楠木副社長は妻にだけは敵わない
「━━━━━奥さん?」

そのまた後日━━━千鶴が沙都のバイトから帰宅していると、突然声をかけられた。

「え?あ、本間さん!こんにちは!」
微笑む千鶴に、本間も微笑んだ。

「また会いましたね!」
「そうですね!」

「今、お帰りですか?」

「えぇ…まぁ」

「じゃあ、主人も帰って来ますよね?
急いで帰らなきゃ!
じゃあ、失礼します!」
ペコッと頭を下げて去ろうとする、千鶴。

「━━━━━━あ、待ってくれ!」
その千鶴の手を、本間が掴んだ。

「え━━━━!!?」


「なんで君は“あんな男”と結婚したの?」


「え………」

━━━━━━あんな男??

(……って、誰?のこと?
まさか、朱李くん?)

「君、どう見ても純粋そうなのに」

「あの…おっしゃってる意味が分かりません」

「あの男は、私利私欲のために優秀な社員をクビにする男だよ?」

「は?」

「君のような真っ白な人は、傍にいない方がいい!」

「やめてください!!」

「………」

「朱李くんのこと、そんな風に言わないで!!!」

そう言って千鶴は、本間の手をおもいきり振り払い、自宅マンションへ駆け出した。



「━━━━━はぁはぁ…」
夢中で走り自宅に帰りつき、ガタンと玄関でへたりこんだ千鶴。

「助け……て…
朱李く……助けて…」

確かに朱李は、冷たく残酷な人間だ。
でも決して……“自分の欲の為”に、相手を切り捨てる人間ではない。

朱李はいつも、真っ直ぐなのだ。

ただ情けがなく、厳しいだけ。
自分にも、他人にも。
だから、冷たく映るのだ。

社員をクビにするのも、きちんとした理由がある。



「どうして……わかってくれないの?」

どうして誰も、朱李の良さをわかってくれないのだろう。
“冷酷”という言葉で、済ませるのだろう。



どうして、うわべしか見ないのだろう。



千鶴は玄関にへたりこんだまま、ひたすら涙を流していた━━━━━━


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