冷酷・楠木副社長は妻にだけは敵わない
カタカタ……と、朱李のノートパソコンを操作する音が響くリビング。

千鶴は、もうベッドに横になっている。

1LDKの朱李と千鶴の自宅マンション。
なので、書斎というものがない。

朱李は滅多に、自宅に仕事を持ち帰らない。

しかしたまにこんな風に持ち帰り、千鶴を寝かせてから深夜作業をするのだ。


「んーー!」
一段落して伸びをし、ブルーライトカットの眼鏡を外す。
そしてキッチンへ行き、コーヒーを淹れた。

少し濃いめに淹れ、カップをテーブルへ持って行き作業を再開した。

「………朱李くん」

そこに、千鶴に声をかけられる。

「え?ちづちゃん?
どうした?目ぇ、覚めちゃった?」

「あの……絶対邪魔しないから、傍にいてもいい?」

「うん、いいよ!
おいで?」
ポンポンと、ソファを叩く。
「ありがとう…」

朱李の隣に座る。
ポンポンと頭を撫で、微笑んだ朱李。
作業を再開する。

朱李の作業の邪魔にならないように、そっと横顔を覗いた。

真剣な横顔だ。

こんなに素敵な人のことを“あんな男”呼ばわりされた。

本当は、誰よりも真っ直ぐで誠実な朱李。
本間の方が、よっぽど不誠実だ。

不満があるなら、真っ直ぐ朱李にぶつかればいいじゃないか。


“本間さんが専務さんじゃなかったら良かったのに”


不意に、千鶴の頭に過る。

(……って、ダメダメ!何考えてんの!私のバカ!)

これじゃ、本間と同じではないか。

「……ちゃん……!
千鶴!!」
「あ…え?な、何?」

「さっきから呼んでんのに、どうした?」

「あ、ご、ごめんね!何?」

「それは、こっちのセリフ!
どうかした?
なんか、様子がおかしい」

「ううん。あ、あの、さっきね。
怖い夢見ちゃって、それが頭の中に残ってて……」

「………そう。
もうすぐ終わるから、待ってな!」
「うん」

それから朱李の作業が終わり、一緒にベッドに横になる。
朱李に腕枕をされ、頭を撫でられる。
いつものスタイルだ。

漸く、眠りについた千鶴。

そんな千鶴を、朱李は切なそうに見つめていた。

「千鶴、何が千鶴を悲しませてるの?
なんで、言ってくんねぇの?
俺は、千鶴の為なら何でもするのに……」

朱李の呟きが、ベッドルームに響いていた。
< 47 / 62 >

この作品をシェア

pagetop