Liars or Lovers 〜嘘つき女と嘘つき男〜

1 決定的なミス

「お(ねえ)、まだ恋人作らないの?」

 仕事から帰ると、妹の美玖(みく)に話しかけられた。今日もその話題か、と勝手にため息がこぼれ出る。

 田舎から東京の大学に進学、そのまま東京で就職した私は、同じように東京にやってきた美玖と同居を初めてかれこれ7年。
 美玖は私に彼氏がいた事を、都市伝説だと思っているらしい。
 確かに、元カレと別れてからもう8年。それでも前に進めないのは、出会いがないからじゃなくて、恋をしたくないから。

「お姉、そろそろ本気でヤバいよ? もう30でしょ?」

 言われなくても分かってる。

「余計なお世話」
「えー、全然余計じゃないと思うけど」

 美玖はブーっと唇を尖らせた。

「知ってる? 35越えたら高齢出産なんだよ? つまり、お姉はもうとっくにカウントダウン始まってるってこと。大体、女の恋の賞味期限は30歳って……」

 5歳年下の妹に、そんなこと言われたくはない。

「美玖が私の分まで頑張ってくれればいいよ。ほら、彼氏とラブラブなんでしょ?」
「あーお姉、またそうやって逃げる」

 さっさと風呂に行こうとした私の前に、美玖がさっと現れ通せんぼする。

「ちょ、何?」
「これこれ、そんなお姉に朗報!」

 美玖は私に向かってスマホの画面を突きつける。
 それは、マッチングアプリの画面。見ず知らずの男の子が映っている。

「私にもやれって?」

 美玖は半年前にマッチングアプリで今の彼氏と出会ったらしい。
 どうせ私に登録しろと言ってくるに違いない。

 そう思っていたのに。

「違う違う。あのね、マッチングしたの!」
「はぁ?」

 何を言っているんだ?
 美玖には彼氏がいるじゃないか。ラブラブの。

「お姉、言うだけじゃ絶対登録しないから、私が代わりに登録したの。そしたら、この人とマッチングしました」
「ちょ、ちょっと待って!」

 ドヤ顔でスマホを突きつける美玖から、慌ててそれを奪い取る。
 画面をスクロールすると、そこに書いてあるのは私のプロフィールと私の画像。

「ちょ、何してるの!」
「姉孝行」
「全然孝行になってない!」
「騙されたと思って見てみなよ。マッチングした人、結構いいと思うよ」

 私より5歳も年下。
 将来安泰な有名企業勤め。
 年収、私より多い。
 細身の高身長。
 趣味、身体を動かすのも屋内でゆっくりも好きなのか。
 
「ね? どう?」
「いや、どうって言われても、ねぇ」

 そう言いながら美玖にスマホを返した。

 その時。

 ピロリン、と電子音がした。

「あ、お姉何か触ったでしょ!」
「はぁ? 触ってないよ!」
「でも、今の音……ああ、やっぱり」

 美玖は画面を私に向ける。

「このボタン、触ってた」

 そこに書いてある文字に、目を疑った。

 “会いたいです”

「何これ!」
「会いたくなったらタップするボタン」
「そりゃ分かるよ!」

 その時、またピロリン、と電子音が鳴る。

「あー、この人からリアクションきちゃった」
「間違えて押しちゃいましたって言ってよ!」
「えー、でも……もしかしたら、お姉の運命の人かもしれないよ?」
「バカなこと言って……早く取り消して!」
「えー、どーしよっかなー」

 美玖の顔に浮かんだ、黒い笑み。嫌な予感がする。

「えい!」
「ちょ、何したの!?」
「OKってタップした」
「はぁ!?!?!?」
「まあ、物は試し。会ってみなよ」
「5歳も年下の男の子と?」
「え、5歳年下?」
「25歳でしょ、その子」

 と、途端に美玖が青ざめる。

「ちょ、何?」
「タメだと思った……」
「それは、美玖とでしょ?」
「うん、そうだ……ね」
「ねえ、何?」

 美玖は急にガバっと頭を下げる。

「ごめん! お姉の歳、サバ読んだ!」
「はぁ?」
「うっかり私の生年月日登録したっぽい」
「ええ!?」
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