誓ったはずの、きみへの愛


「お越しは不要と、便りを出させていただいたはずですが」
「その後訪問したい旨を……いや、そちらへの返事のことでしょうか、だとすれば届く前に出てきてしまったもので」

 応接間へと通された僕は、正面に立って迎えた伯爵の、ひさしぶりに顔を合わせたその憔悴した様子に息が詰まる。
 闊達とした人だった。領地が長く安定していたところ、積極的に様々な施策を行っては時に失敗しつつも、他領とも盛んに交流しては試行錯誤を重ねて、領民に支えられているからには一層の還元をしたいのだと語っていた。
 それが今では実年齢よりもずっと老け込んで見えた。姿の見えない夫人も、聞けば倒れて寝室から出てこられない状態だという。無理もないのだろう、愛する一人娘が、親より先に儚くなったのだから。

「君は、娘に会いたい、と」

 静かで、低く響く声。
 僕はまっすぐ向けられた眼差しを受け止める。

「葬儀が済んでいるにせよ、まだにせよ、許されるなら最後に会わせていただきたい」

 墓の下なら墓標に祈りを、まだなら別れを告げたいと願う。それが、二度目の手紙に記していたこと。

「最後、ということは、君にとってはすべて終わった話なのだな」
「……そんなつもりでは、」

 吐息とともに吐き出されたのは、ため息よりもずっと重い言葉。僕は何を返すことも出来ない。
 お互いに立ち尽くしたまま、沈黙が落ちる。
 過去、沈黙なんて気にしたこともなかった。幼い頃からもう一人の父親として接してきたものだから、何を気兼ねするような関係でもなかったのだ。
 しかし今は、沈黙が肌を刺すかのように感じられた。

「…………、」

 続ける言葉を失って、唇はただ空気を食む。
 伯爵の、痩せた身体に反し鋭利なほどに強い眼光に射すくめられる。

 今更、と思われているのだろう。
 婚約を解消したとはいえ、幼なじみとしても顔を見せなかった。それは会っていることが目撃でもされればまた噂になってしまう、会わないことで世間のほとぼりが冷めればと、そうすればいずれ会って話が出来るだろうと、……僕なりに考えてのことだった。
 しかしそんなことは伯爵にしてみれば知ったことではない。メリッサ本人にさえ、言葉にして伝えたわけでもないのに。

 本当に今更だと、自分で思う。

 いずれ、なんて日はもう来ない。勝手に想像していた不確かな未来は消え去った。
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