月下の君には秘密です。
何となく、あの子がテニス部の「あの子」だという事は分かったが、顔を隅々まで思い出せと言われたら…
あまり思い出せない。
…申し訳ない。
告白をされたのは人生初めての経験で、そりゃあ嬉しかった。
でも、その子と…とは思えなかった。
俺は勿論の事、
お付き合いを断っていた。
「…ねぇ、なんで断ったの?」
後ろから井上の声がそう俺に聞く。
なんでって…
理由は分からなかった。
でも…、
俺の様子を伺うでもなく、
ただ単純に聞く明るい声色に、
俺は唇を尖らせていた。
『俺があの子と付き合おうと、井上は何とも思わないんだ。』
俺の足は寒空の下、ズンズンと進んだ。
「もぅ!速いって!――…忠犬アッキー、待てッ!!」
井上のそんな声が、
閑静な住宅地に響き渡る。
ピタッと俺の足は止まった。
「……だから犬扱いすんなッ!」
「あははは!晃ちゃんの扱い方には慣れてますから~?」
楽しそうに楽しそうに、じろりと睨む俺に追い付く井上。
俺が本当に怒っているわけじゃない事を、重々承知で無邪気に笑っている。