月下の君には秘密です。


――ピンポーン…


何度聞いたか分からない程、
お馴染みのお隣の呼び鈴を鳴らす。

…一応、鳴らすだけ。


俺は何の躊躇いもなく『井上』という表札がかかるドアをガチャリと開けた。

おばちゃんがゴミ捨てに行った後の井上家には、鍵は掛かっていない。


「…井上~!?」

白い玄関マットに腰掛けると、中に向けて俺は呼び掛けた。

呼び鈴の意味なし。

他人なら許されなくても、
俺なら許される。

ちょっとした優越感に浸れる一瞬だ。
やっぱ俺ってば特別?
…みたいな。


「…晃ちゃんッ!待って!もう少し~っ!」

洗面所から顔を出した井上は片手にクシを持っていて、どうやら髪の毛に苦戦中らしい。


「…はいはい。」

いつもの事ね。
俺が呆れ顔で答えると、居間のドアが開く。


「晃ちゃん、おはよう。いっつも悪いわね?」

「ぁ、おばちゃん。…はよ。」

俺が若干ながらムスッとなったのを、おばちゃんは見逃さなかった。


「うふふ!晃ちゃん分かりやすい!怒ってるわね~?」

うちの母さんと張れる性格…。
座ったままの俺の顔を覗き込んで、ニヤッと笑った。


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