月下の君には秘密です。
「あはは!よろしい!許してあげましょう。」
今朝の『俺との意地の張り合い』に見事勝利した井上は満足そうに笑った。
その目を細めた笑顔からは怒りが消えていて、俺がホッとしたのも束の間…
「…で、俺の傘は…?」
見たところ、
一度家に戻った井上は、カバンも持っていない。
制服姿で、片手に自分の折り畳み傘。
…それだけ。
「……ぁ。あれ?」
「…ぉぃ。」
わざわざ迎えに来てくれたのは嬉しいけど、
来た意味ねぇッ…。
「井上ぇ~…マジで頼むよ。」
井上は、ちょっと…
いや、大分?
抜けているところがあって。
忘れ物をするのは珍しい事じゃないんだけど、
これは、ヒドイんじゃないか?
俺は未だに部室前の屋根の下。
固まる井上に、ジー…と視線を送っていた。
「あ!…ほ、ほら。この傘があるし。二人で入ればいいんじゃない?ねっ!」
「…ねっ!って…」
俺はすぐに『うん』とは言えなかった。
井上への気持ちに気が付く前なら、何も考えずに平気でやっていただろうか…
これは…
ウワサの『相合い傘』…?
そう考えたら、
無駄にドキドキしてきて。
固まってしまった。