月下の君には秘密です。


声は聞こえない。
会話は聞き取れない。

だけど、
容易に想像できる。


井上は、
『可愛いね~』と言って子犬を撫でて月ちゃんを見上げて。

月ちゃんは、
『そうだな…』と同意して、
井上を、穏やかに…目を細めて愛しそうに見ている。

そんな中心で、
あの子犬は嬉しそうに尻尾を振っているに違いない。

井上の腕の中、
二人に代わる代わる撫でられて、可愛がられて…

あの場所は温かいに違いない。



――…寂しい。

なんで俺はあそこに居ないんだろう。
俺が居るはずの場所なのに。


誰に嫉妬していいのか、
俺は分からなかった。


二人に気付かれないように、
俺は逃げるようにして自分の家の門を開けた。



『あの犬になりたい』

そう思った。


< 90 / 160 >

この作品をシェア

pagetop