僕の愛おしき憑かれた彼女
雑に閉じられた扉を眺めながら、俺は目をきゅっと細めた。

(どっちがだよ!毎朝毎朝、いい匂いに起こされる俺の身にもなれよな)

 俺は、チェックのズボンに白いシャツの上から紺色のブレザーを羽織った。まだ慣れないネクタイを結びながら扉の外に出れば、砂月がクスッと笑う。

「彰、曲がってるよ」

砂月の白くて細い指先が、俺のネクタイに触れると、手際よく結び直してくれる。

「不器用なんだよっ」 

「知ってる」

砂月が、子供みたいな笑顔で笑うと、いつものものを差し出した。

「はい、これ」

「中身は?」

「今日は彰の一番好きな、たらこ」

「お、マジか、うまそ」 

「今日はお母さんが作ってくれたから、美味しいと思うよ」

俺の家には、母親がいない。小さい頃に病気で天国に行ったから。この辺りに一つしかない神社、春宮神社の神主をしてる父親は、ほとんど神社で寝泊まりしてる事もあって、砂月が毎日、朝食におにぎりを届けてくれる。

俺は、特大おにぎりを受け取ると早速、頬張った。

「うまっ」

砂月が、大きな瞳を細めながら、俺の口元からご飯粒を一粒つまむと口に入れた。

「彰って、いっつもつけるよね」 

「うるせ」

俺は真っ赤な顔を見られたくなくて、転げるように階段を降りると、自転車に跨った。

3歳から隣同士で育った俺達は、桜が満開のこの春、高校一年生になった。

市内の公立高校まで、毎日往復二時間かけて、俺は砂月と一緒に自転車で通っている。

「ご馳走様でした」

「どういたしまして」

俺は、おにぎりが包まれていたラップを自転車を漕ぎながら、ポケットに押し込んだ。  

「あーどうすっかなぁ、クラブ」

自転車を漕ぎながら、俺は空を見上げた。

「彰、足はやいから、陸上部向いてると思うよ。二年の谷口(たにぐち)先輩?だっけ?毎日彰に勧誘に来てるね」

「あー……今日も来んのかな。先輩、鼻息荒いんだよな、いっつも声デカすぎて、唾飛んでくるしさ、早く諦めてくれねーかな」 

あははと砂月が笑った。

「そもそも砂月だろ?谷口先輩に言ったの」

「あ、違うの、愛子(あいこ)ちゃんが、陸上部のマネやってて、足速い子知らないかって聞かれたから、つい彰のこと話しちゃったんだけど、まさか谷口先輩が……」

そこまで言うと、谷口先輩の独特な外見と口調を思い出したのか砂月が、口に手を当てて笑った。

「朝イチ至近距離で見る、俺の身にもなれよな」

今度は、ケラケラと声を上げて砂月が笑った。

(可愛いすぎんだろ)

俺は、勿論言葉にせずに、エクボを見せながら笑う砂月を横目でチラ見する。

「でも、彰クラブ入るなら陸上かなって中学の卒業の時、言ってたよね?クラブするのやめたの?」

少しだけ真面目なトーンの砂月にどきりとする。
(そんなの決まってんじゃん)

ーーーー砂月と帰りたいから。砂月が憑かれたりしないように側に居たいから。
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